広目天(こうもくてん)は、四天王(してんのう)の一尊で、西の方角を守る仏法の守護神です。遠くまで見通す「眼」の力をもつとされます。
この記事でわかること
- 「広目」という名前の、ちょっと意外なもとの意味
- 水の精霊・龍(ナーガ)を率いる「龍の王」としての顔
- 筆と巻物・羂索(けんさく)など、持ち物での見分け方
- 「眼」の名をもつ神が、なぜ龍を率いるのかという謎
筆を持つ姿で有名な広目天。でもその正体は、龍たちを従える西の王だったのです。
01. 広目天の基本情報
| 分類 | 天部(てんぶ=仏教を守る神々)。四天王の一尊 |
| 読み方 | こうもくてん |
| 別名 | 毘楼博叉(びるばくしゃ)・広目天王 |
| 梵名(ぼんみょう) | ヴィルーパークシャ(Virūpākṣa)=「さまざまな眼をした者」「不格好な眼をした者」 |
| 守る方角 | 西 |
| 種子字(しゅじ) | ビ(vi) |
| 真言(しんごん) | 宗派・資料によって表記が分かれるため、本記事では省略 |
| 三昧耶形(さんまやぎょう) | 三鈷戟(さんこげき=先が三つに分かれた長い武器)・羂索(けんさく/けんじゃく=捕らえるための縄) |
| ご縁日 | 広目天だけの縁日は、確認できる資料では定められていない |
| 率いる眷属(けんぞく=家来) | 諸龍王(りゅうおう)・富単那(ふたんな) |
02. 広目天とは? ― 「眼」の名をもつ西の守護神
① 一言まとめ
広目天は、世界の西側を見守る神様です。広い世界を見渡す、特別な眼をもつとされます。そして、水にすむ龍たちの王でもあります。
② 由来・経典上の位置づけ
広目天は、インドで生まれた四天王信仰の一尊です。梵名をヴィルーパークシャといいます。仏教では、四天王は神々の王帝釈天(たいしゃくてん)に仕えるとされます。
実は、この梵名のもとの意味は「広い目」ではありません。「さまざまな眼をした者」、あるいは「不格好な眼をした者」という意味でした。
それが「特別な力をもった眼」と解釈され、さらに「千里眼」へと広がりました。そうして漢字で「広目」と訳されたといわれます。
ちなみに、パーリ語経典の注釈で有名なブッダゴーサは、「ヴィルーパ」を「さまざまな」と読みました。その眼で遠くまで見通す、と説明したとされます。
仏教の世界観では、世界の中心に須弥山(しゅみせん)という高い山があります。広目天は、その西の「白銀埵」(はくぎんた)という所に住むとされます。
そして、須弥山の西に広がる大陸「西牛貨洲(さいごけしゅう)」を守ります。ほかの3人(東・南・北)との分担は、四天王の記事で紹介しています。
広目天が率いるのは、龍(ナーガ)の王たちです。ナーガとは、インドで水の中にすむとされた蛇の精霊のことです。
もう一つの家来が、富単那(ふたんな)です。子どもに熱病をもたらす病魔とされます。広目天は、そうした荒々しい者たちを従える役目なのです。
広目天の名前は、『金光明経』(こんこうみょうきょう)や『仏母大孔雀明王経』(ぶつもだいくじゃくみょうおうきょう)などの経典に登場します。『法華経』(ほけきょう)にも、四大天王の一員として登場します。
③ 姿・持物の特徴
日本の広目天は、よろいを着た中国・唐の武将のような姿が一般的です。足もとに邪鬼(じゃき)を踏みつけている像が多く見られます。
いちばんの特徴は、飛鳥・天平(てんぴょう=奈良時代の中ごろ)時代の古い像に、筆と巻物を持つものが多いことです。平安時代以降は、戟(げき=長い柄の先に刃が付いた武器)や羂索などを持つ像が増えます。ただし、後の時代にも筆と巻物を持つ像はあります。筆を持つ理由については、四天王の記事の「謎と考察」でくわしく考えています。
胎蔵界曼荼羅(たいぞうかいまんだら)では、赤い色の体で描かれます。右手に三鈷戟を持ち、左手は拳にした姿です。
中国の民間信仰では、赤い顔で龍を手にした姿で表されます。国によって、持ち物がまったく違うのも面白いところです。
天部なので、如来のような決まった印相(いんぞう=手の形)はありません。邪鬼や岩の形の台座の上に立つのが一般的です。
03. 広目天のご利益 ― 仏法守護・国家安泰と「見通す」祈り
🏯 国家安泰・護国
🧭 西方の守護
👁️ 物事を見通す力への祈り
こんな人におすすめ
- 大事な決断の前に、物事をしっかり見極めたい人
- 家族や仕事など、大切なものを守りたい人
- お寺の四天王像を、1体ずつ深く知りたい人
ご利益の根拠:広目天は、四天王の一員として仏法と国を守る神です。『金光明経』などで、四天王が国を守ると説かれています。
また、「千里眼」と解釈された名前から、物事を見通す力を授ける神ととらえる考え方もあります。ただし、これは名前からの連想です。経典に決まったご利益として書かれているわけではありません。
お寺のご利益の案内は、寺ごとに違います。お参りの前に、あわせて確かめてみてください。
04. 広目天と関連する仏様・神様
05. 広目天に会える主な寺院
- 東大寺(とうだいじ/奈良県奈良市)― 戒壇堂(かいだんどう)の塑像(そぞう=土の像)の四天王立像(国宝・奈良時代)の一体です。筆と巻物を持ち、遠くを見つめる広目天は、天平彫刻の傑作として知られます。
- 法隆寺(ほうりゅうじ/奈良県斑鳩町〈いかるがちょう〉)― 金堂に、日本最古とされる四天王立像(国宝・飛鳥時代。白鳳時代とする資料もあります)がいます。広目天も筆と巻物を持ちます。広目天の光背の裏には、仏師・山口大口費(やまぐちのおおぐちのあたい)らが作ったことを示す文字が刻まれています。
- 興福寺(こうふくじ/奈良県奈良市)― 北円堂(ほくえんどう)の四天王像(国宝・791年。もとは大安寺にあったとみられる像)や、東金堂(とうこんどう)の四天王像(国宝)が伝わります。北円堂は公開の時期が限られるので、公式サイトで確認を。
- 浄瑠璃寺(じょうるりじ/京都府木津川市)― 国宝の四天王像(平安時代)が伝わります。ただし本堂にいるのは持国天と増長天です。広目天は東京国立博物館に、多聞天は京都国立博物館に預けられています(展示の有無は各館で確認を)。なお、4体の像の名前は後の時代に入れかわった可能性も指摘されています(諸説あり)。
06. 広目天の見分け方ガイド
- ✅ 筆と巻物を持っていたら広目天:四天王で筆と巻物を持つのは、広目天です。飛鳥・天平時代の古い像に多い形です。
- ✅ 筆がない像は「立つ位置」で:平安時代以降は、戟などの武器を持つ広目天が増えます。そのときは西の持ち場かどうかで判断します。お堂に入った私たちから見て、左の奥にいることが多いです。
- ✅ 縄(羂索)もヒント:広目天のシンボル(三昧耶形)には、羂索が含まれます。縄を手にした像なら、広目天の可能性があります。剣や戟だけなら、持国天や増長天のこともあります。
- ✅ 宝塔なら別の天:小さな塔(宝塔〈ほうとう〉)を持つのは多聞天です。
- ✅ 中国のお寺では龍か縄:中国では、赤い顔で龍(蛇)や縄を手にした天王が、広目天とされることが多いです。
※持物や立ち位置は、時代や寺によって例外があります。お寺の案内板もあわせて確かめてください。4体全部の見分け方は四天王の記事で紹介しています。
07. 広目天の物語コラム ― 夜の霊鷲山に現れた四人の王
広目天が、ほかの仲間と一緒にお釈迦さまを訪ねた話が、パーリ語の経典に残っています。『アーターナーティヤ経』というお経です。
お釈迦さまは、そのとき霊鷲山(りょうじゅせん)にいました。夜もふけたころ、山全体がまばゆい光に包まれます。
現れたのは、四天王でした。東の持国天、南の増長天、西の広目天、北の多聞天。4人は、それぞれの家来の大軍を連れていました。夜叉(やしゃ)、乾闥婆(けんだつば=音楽の神々)、鳩槃荼(くはんだ=鬼神)、そして龍です。
この龍の軍を率いていたのが、広目天です。
北の多聞天が口を開きます。「夜叉のなかには、お釈迦さまの教えを喜ばない者がいます。殺すな、盗むな、うそをつくな、という教えが、彼らの性分に合わないのです。」
そこで四天王は、修行者が森で安心して暮らせるよう、身を守るための詩(うた)をささげました。その詩には、東西南北の王がそれぞれ歌われています。
西の段では、こう歌われます。太陽が沈み、昼が終わって夜になる方角、それが西である。その西を守るのが、龍たちの主・ヴィルーパッカ(広目天)であると。そして、広目天には「インダ」という名の、力強い息子がたくさんいるとも語られます。
翌朝、お釈迦さまは弟子たちを集めました。そして、この守りの詩を覚えるように伝えたとされます。
夕日が沈む西の空に、龍の軍を率いて立つ王。広目天の、もう一つの姿が見える物語です。
08. 広目天のまとめと関連記事
この記事でわかったこと
- 広目天の梵名は「さまざまな眼をした者」。それが「千里眼」と解釈され、「広目」と訳された
- 四天王の一尊として西を守り、龍と富単那を率いる
- 古い像には筆と巻物を持つものが多く、平安時代以降は武器を持つ像が増える。中国では龍や縄を手にする
お寺で広目天に会ったら、手もとを見てみてください。筆か、縄か、武器か。その持ち物は、像が生まれた時代を考える手がかりにもなります。
09. ゆる仏様トーク ― 広目天編
広目天は、今でいえば「高性能カメラを持った、西エリアの警備隊長」です。しかも部下は、水の中も泳げる龍たち。陸も水辺も、見落としはありません。
もとの名前の意味は、「不格好な眼」とも訳せる言葉でした。ところが中国に伝わると、「広く見通す目」に。──そう、とらえ方ひとつで、言葉の意味は大きく広がるのです。千年以上前の翻訳者に、拍手を送りたくなります。
※経典の言葉ではなく、「広く見通す眼」をもつ広目天をイメージしたセリフです。


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