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【仏様図鑑】達磨大師(だるま)-ご利益と、だるまはなぜ白い目で売られるのかの謎

仏様図鑑
赤いだるまのモデルは、禅宗(ぜんしゅう)の祖・達磨大師(だるまだいし)です。壁に向かって9年坐禅(ざぜん)したと伝わるお坊さんです。

この記事でわかること

  • 達磨大師の伝記と、梁(りょう)の武帝との問答
  • だるまのご利益とゆかりのお寺
  • 【謎】だるまの目入れの意味と、白い目で売られる理由

あの白い目には、修行の話がかくれているかもしれません。

01. 達磨大師の基本情報

達磨(だるま)基本情報
分類 祖師(そし=宗派を開いたり伝えたりした高僧)。中国の禅宗の初祖
読み方 だるま。正式には菩提達磨(ぼだいだるま)
別名 達磨大師、達磨祖師。唐より前の書物では「達摩」とも書きます
おくり名 円覚大師(えんがくだいし)。聖冑大師(しょうちゅうだいし)とも
梵名(ぼんみょう) ボーディダルマ(bodhidharma)。「ダルマ」はサンスクリット語で「法(ほう=教え)」の意味です
真言・種子字 決まったものは確認できませんでした
ご縁日 10月5日(達磨忌〈だるまき〉=命日とされる日)。少林山達磨寺では、誕生日と命日が同じという伝説にちなむ縁日です。11月1日に達磨忌を行うお寺(法輪寺など)もあります
💡 出典:名前・別名・おくり名・梵名はWikipedia「達磨」。10月5日の達磨忌は少林山達磨寺公式(「10月5日は達磨大師の縁日です」)と曹洞宗大本山總持寺の法話による。

02. 達磨大師とは? ― 壁に向かって9年坐った禅の祖

① 一言まとめ

達磨大師は、インドから中国へ禅を伝えたとされるお坊さんです。中国の禅宗では「初祖(しょそ=最初の祖師)」とされます。日本の臨済宗・曹洞宗・黄檗宗も、この流れをくんでいます。

② 由来・伝記

伝承では、達磨は南インドの香至国(こうしこく)の王の第三王子でした。師の般若多羅(はんにゃたら)のもとで修行したと、宋の『景徳伝灯録(けいとくでんとうろく)』は伝えます。ただし、この王子の話が本当かどうかは疑われています。

伝承では、達磨は520年(普通元年)に海を渡って中国の広州に着いたとされます(524年・527年とする資料もあり、諸説あり)。梁の武帝(ぶてい)と問答をしたあと、北の魏(ぎ)の国へ移ります(くわしくは07の物語へ)。

そして嵩山少林寺(すうざんしょうりんじ)で、壁に向かって9年間坐禅したと伝わります。これが「面壁九年」です。ただし、教えの「壁観(へきかん)」を誤解して生まれた伝説だ、という説もあります。

達磨は528年に150歳で亡くなったといわれます。一方で、529年には神光(しんこう)という僧が、自分のひじを切って弟子入りを願ったと伝わります。のちの慧可(えか)で、禅宗の第二祖です。この2つの年では、入門より前に亡くなったことになります。伝記の年代には食い違いがあり、没年にも諸説あります。

実は、いちばん古い記録は、547年の『洛陽伽藍記(らくようがらんき)』です。そこでは、達磨は波斯国(はしこく=ペルシア)の人で、「自分は150歳だ」と語ったと書かれています。伝記の多くは、後の時代に形づくられたものと考えられています。

③ 姿・持物・印相の特徴

  • 顔:大きな鼻、太い眉、ちぢれた髪とひげ、大きな耳飾りの姿で描かれます
  • 目:まぶたのない、大きく見開いた目で描かれることが多いです。まぶたを切り取った伝説(10の謎を参照)と結びついています
  • 姿の種類:壁に向かう「面壁達磨」、葦(あし)の葉に乗って川を渡る「蘆葉達磨(ろようだるま)」、片方のくつを持つ「隻履達磨(せきりだるま)」、筆ひと筆で描く「一筆達磨」などがあります
  • 印相・光背・台座:達磨は人間の僧として表されるので、仏や菩薩のような決まった印相(いんぞう=手の形)や光背はありません。坐禅の姿では、衣の中で手を組むことが多いです
💡 出典:伝記はWikipedia「達磨」(『景徳伝灯録』『洛陽伽藍記』などの記述による)。顔・目・姿の種類はJAANUS(日本建築・美術用語辞典)「Daruma」。

03. 達磨大師・だるまのご利益

🎯 願いごと成就
🏠 家内安全
💰 商売繁盛
🏆 必勝祈願
🛡️ 病気よけ
  • 願いごと成就:だるまに片目を入れて願いをかけ、かなったらもう片方の目を入れます
  • 家内安全・商売繁盛:少林山達磨寺の縁起だるまには、顔の両側に「家内安全」「商売繁盛」などの願いが書かれます(公式)
  • 必勝祈願:少林山達磨寺では、達磨忌にちなんで毎月5日に「金の必勝守(ひっしょうまもり)」を授けています(公式)
  • 病気よけ:赤くて足のないだるまは、江戸時代に疱瘡(ほうそう=天然痘)よけのお守りとしても使われました(JAANUS)

ご利益の根拠:9年も壁に向かって坐りつづけた、という面壁九年の伝説が土台です。あきらめずにやりぬく姿が、願いをかなえる縁起物と結びついた、というのが筆者の見方です。

こんな人におすすめ:受験や試合など、目標に向かってがんばっている人。新しい年に願いを立てたい人。お店や会社を開いた人。

04. 達磨大師と関係の深い人物・仏様

達磨大師には、仏様のような眷属(けんぞく=おとも)はいません。かわりに、伝記に出てくる人物を紹介します。神仏習合で対応づけられた日本の神様は、確認できませんでした。

慧可(えか)禅宗の第二祖。ひじを切って弟子入りを願った「慧可断臂(えかだんぴ)」で知られます
般若多羅(はんにゃたら)インドでの達磨の師とされる人物(『景徳伝灯録』)
梁の武帝(ぶてい)仏教を深く信じた中国・南朝の皇帝。達磨と問答をしたと伝わります
聖徳太子日本では、太子が片岡山(かたおかやま)で出会った飢えた旅人が、達磨だったという伝説があります(くわしくは達磨寺の記事へ)
心越禅師(しんえつぜんじ)少林山達磨寺の開山。その「一筆達磨坐禅像」が、縁起だるまのもとになりました(公式)
宋雲(そううん)北魏の使者。隻履西帰の伝説で、亡くなったはずの達磨に出会ったと伝わります

05. 達磨大師をまつる主要な寺院・会える場所

  • 少林山達磨寺(群馬県高崎市):黄檗宗のお寺で、縁起だるま発祥の寺とされます。天明3年(1783年)、浅間山の噴火などで大飢饉が起こりました。9代目住職の東嶽(とうがく)和尚は、農民を救うためにだるま作りを伝えました(公式)。毎年1月6〜7日の「七草大祭だるま市」、10月5日の「達磨まつり」で知られます
  • 達磨寺(奈良県北葛城郡王寺町):聖徳太子と片岡山の飢人の伝説が伝わるお寺です。くわしくは達磨寺の記事へ
  • 法輪寺(だるま寺。京都市上京区):臨済宗妙心寺派のお寺です。達磨堂に、たくさんのだるまが納められています。数は8,000体以上とも1万体以上ともいわれます(資料により異なる)。2月の節分会と11月1日の達磨忌は、多くの参拝者でにぎわうとされます。境内は自由に入れ、衆聖堂(しゅしょうどう)などの拝観は300円です。時間は9時〜17時(受付16時30分まで)とされます(るるぶ・ことりっぷ)
  • 斉年寺(さいねんじ。愛知県常滑市):国宝「慧可断臂図(えかだんぴず)」(1496年)を持ちます。雪舟(せっしゅう)が77歳で描きました。面壁する達磨と、教えを求める慧可の場面です(文化遺産オンライン)
  • 嵩山少林寺(中国・河南省):達磨が面壁九年をしたと伝わる、禅の聖地です
💡 少林山達磨寺の2027年の七草大祭だるま市の時間・内容は、公式サイトで確かめてください。斉年寺の「慧可断臂図」は、京都国立博物館に預けられている(寄託)との情報があります(旅行サイト)。斉年寺でふだん見られるかは確認できませんでした。展示は博物館の情報で確かめてください。法輪寺の料金・時間は旅行サイトの情報です(資料によって「境内と達磨堂は無料、衆聖堂が300円」などと表現が異なります)。

06. 達磨大師の見分け方ガイド

✅ この特徴があれば達磨大師かも?チェックリスト

  • □ 大きく見開いた目、太い眉、ひげのある、外国の人のような顔
  • □ 大きな耳飾りをつけている
  • □ 衣にすっぽり包まれて、坐禅をしている
  • □ 壁や岩に向かって坐っている(面壁達磨)
  • □ 葦の葉の上に立っている、または片方のくつを持っている

似た姿とのちがい

  • 布袋との違い:布袋は、大きなおなかを出して袋をかつぎ、にこにこ笑っています。達磨はきびしい顔で、衣に包まれています
  • 羅漢(十六羅漢など)との違い:羅漢は頭を丸めた僧の姿が多いです。数人〜数百人でならびます。達磨は1人で、ひげと大きな目が目印です
  • 慧可との違い:「慧可断臂図」では、きびしい顔で坐るのが達磨です。ひじを切って差し出すのが慧可です

07. 達磨大師の物語 ― 梁の武帝との問答

中国に着いた達磨は、梁の武帝に招かれました。武帝は、たくさんのお寺を建て、お経を書き写させた、仏教に熱心な皇帝でした。

武帝はたずねます。「わたしはこれだけ寺を建てた。どんな功徳(くどく=よい報い)があるだろうか」。

達磨は答えました。「功徳など、ありません」。

おどろいた武帝は、また問います。「では、仏の教えでいちばん大切なことは何か」。達磨は「からりとして、聖なるものなど何もない(廓然無聖〈かくねんむしょう〉)」と答えます。

武帝は最後にたずねました。「では、わたしの前にいるあなたは、いったい誰なのだ」。達磨のこたえは、ひとこと。「知らぬ(不識〈ふしき〉)」。

武帝には、その意味がわかりませんでした。達磨は、この国ではまだ縁が熟していないと見て、長江を渡って北の魏へ去ったといいます。あとで武帝は呼び戻そうとしましたが、かないませんでした。

──そう、皇帝の自慢話に、達磨は一度もうなずかなかったのです。

📖 『景徳伝灯録』などに伝わる話(Wikipedia「達磨」による)。のちに禅の問答集『碧巌録(へきがんろく)』の第一則にも取り上げられました。会話は筆者がやさしく言いかえました。葦の葉に乗って川を渡る「蘆葉達磨」の絵は、この北への旅を描いたものです(JAANUS)。

【伝説】片方のくつ ― 隻履西帰(せきりせいき)

達磨が亡くなって3年ほどたったころ。西域(せいいき)から帰る途中の宋雲(そううん)という使者が、葱嶺(そうれい=パミール高原)で達磨に出会いました。達磨は、くつを片方だけ手に持っていました。「どこへ行かれるのですか」とたずねると、「インドへ帰る」と答えたといいます。

宋雲が帰って墓を開けてみると、棺の中には、片方のくつだけが残っていました(Wikipedia)。この話から、片方のくつを持つ「隻履達磨」の絵が生まれました。

08. 達磨大師のまとめと関連記事

この記事でわかったこと

  • 達磨大師は、インドから中国へ禅を伝えたとされる禅宗の初祖。面壁九年で知られる
  • 梁の武帝に「功徳など、ありません」と答えた問答が有名。伝記の多くは後の時代に形づくられた
  • 日本では、群馬の少林山達磨寺から広まった縁起だるまのモデルになった

だるまに目を入れるとき、壁に向かって坐る達磨大師の姿を思い出してみてください。

09. ゆる仏様トーク ― 達磨大師編

🍵 ゆる仏様トーク①(たとえ話)

達磨大師は、今でいえば「『わたしはこんなに寄付をした。えらいだろう?』と聞く社長に、『えらくはありません』と答えた新入社員」です。ふつうなら大ピンチ。でもその答えが、1500年たっても語りつがれる「伝説の問答」になりました。

🍵 ゆる仏様トーク②(ツッコミ)

9年間坐りつづけて、眠くなったらまぶたを切る。そんな厳しすぎる修行の人が、なぜか日本では赤くて丸い、ころんと起き上がる人形に。──そう、きびしさの果てに待っていたのは、まさかの「みんなに愛される縁起物」の道だったのです。

🍵 ゆる仏様トーク③(ひとこと)

達磨大師が、だるまに目を入れる人に声をかけるとしたら――

「片方の目は、わたしが開けておこう。もう片方は、あなたが自分の力で開けなさい。」

※経典や語録の言葉ではなく、目入れの習わしをもとにイメージしたセリフです。

10. 達磨大師の謎 ― だるまの目入れの意味と、白い目で売られる理由

【謎】だるまは、なぜ白い目のまま売られ、あとから目を入れるのか
【事実の整理】
① 少林山達磨寺では、和尚が最初の一筆で目を入れ、魂をこめて祈願します。これを「だるま開眼(かいげん)」と呼びます。残りの目は、願いがかなったときや一年を無事に過ごせたときに入れます(公式)。
② 仏教の「開眼供養(かいげんくよう)」は、新しく作った仏像や仏画に、最後に眼を入れて霊を迎える儀式です(マイペディア)。日本で最初の盛大な例は、752年の東大寺の大仏開眼供養とされます(日本大百科全書)。
③ 達磨には、坐禅中に眠ってしまった自分に怒り、まぶたを切り取ったという伝説があります。そのため絵では、まぶたのない大きな目で描かれることが多いです(JAANUS)。
④ 少林山の縁起だるまは、開山・心越禅師の「一筆達磨坐禅像」をもとに木型を彫って作られました(公式)。
【私の考察】
「だるまの目入れは、仏像の開眼と同じ」という説明は、よく聞きます(①②)。私はそこに、達磨大師ならではの「目」の意味が重なったのではないかと考えます。
なぜなら、達磨は「目を閉じない人」として伝えられてきたからです(③)。眠らないためにまぶたまで切った人にとって、目は修行そのものです。そのだるまに片目だけを入れた状態は、魂は入ったけれど、修行(願い)はまだ途中、という姿に見えます。
仏像の開眼では、仏師が作り、僧が目を開けて、それで完成です。でもだるまでは、和尚が片目を開け(①)、もう片方は持ち主が入れます。つまり、最後の「開眼」を持ち主自身にゆだねているのです。
片目のだるまは、願いがかなう日まで眠らない達磨大師です。その目で、持ち主を見守っているのかもしれません。そう考えると、白い目で売られる理由が見えてきます。
【結論(あくまで推測)】
だるまの目入れには、仏像の「開眼」という儀式と、「目を閉じない達磨」の伝説の2つが重なっているのではないか――私はそう考えます。ただし、目入れの習わしがいつ、どこで始まったのかを書いた確かな資料は、見つけられませんでした。あくまで私の考察です。あなたはどう思いますか?
💡 出典:①④は少林山達磨寺公式「縁起だるまの始まり」、②はコトバンク「開眼供養」(百科事典マイペディア・日本大百科全書)、③はJAANUS「Daruma」。

11. 達磨大師データベース早見表

項目 内容
分類 祖師(禅宗の初祖)
読み方 だるま(ぼだいだるま)
別名 達磨大師・達磨祖師・円覚大師
梵名 ボーディダルマ
真言・種子字 決まったものは確認できず
ご縁日 10月5日(達磨忌)
主なご利益 願いごと成就・家内安全・商売繁盛・必勝祈願
ゆかりの寺院 少林山達磨寺・達磨寺・法輪寺(だるま寺)

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