この記事でわかること
・「88」という数が、人間が持つ煩悩の数と同じであるという事実
・室戸岬の洞窟で悟りを開いた空海が、なぜ「空海」と名乗るようになったのか
・徳島・高知・愛媛・香川、それぞれの県が担う「発心・修行・菩提・涅槃」という意味
四国4県、約1,450kmにわたって広がる「四国八十八箇所」。弘法大師・空海ゆかりの88の霊場を巡るこの旅は、単なる観光ではなく、人が持つとされる88の煩悩を一つずつ消していく「祈りの旅」として、1200年以上にわたり歩み継がれてきました。今回は、四国遍路の成り立ちから、88ヶ寺それぞれに眠る伝説まで、実際に訪れたくなる魅力を一気にご紹介します。
01. 四国八十八箇所とは? 88の煩悩を消す巡礼
四国八十八箇所は、弘法大師・空海ゆかりの88の霊場を巡る、日本で最も有名な巡礼路です。「88」という数は、人間が持つとされる88の煩悩の数に由来するといわれ、1ヶ寺を打つごとに、一つの煩悩が消えていくとされています。
四国遍路の旅は、四国4県をそれぞれ仏教の悟りの段階になぞらえた「四つの道場」に分けて考えられています。
「発心」で仏道を志し、「修行」で心身を鍛え、「菩提」で悟りに近づき、「涅槃」で安らぎに至る――四国遍路は、88の寺を巡りながら、この精神的な成長の物語をたどる旅なのです。
02. 発心の道場(徳島県)― 1番〜23番
お遍路の旅は、徳島県鳴門市の第1番・霊山寺から始まります。
1霊山寺
弘法大師が21日間の修行のすえ、天竺(インド)の霊鷲山で釈迦が説法する姿を感得し、その名を寺号にしたと伝わる、四国遍路のスタート地点です。
12焼山寺
火を吐き村を襲う大蛇を、弘法大師が法力で岩に閉じ込めたという伝説の地。全長約15km、標高差1500m超の道のりは「遍路ころがし」最大の難所として知られ、6割以上の人が挑戦を断念するといわれています。
| 番号 | 寺名 | 番号 | 寺名 |
|---|---|---|---|
| 2 | 極楽寺 | 13 | 大日寺 |
| 3 | 金泉寺 | 14 | 常楽寺 |
| 4 | 大日寺 | 15 | 国分寺 |
| 5 | 地蔵寺 | 16 | 観音寺 |
| 6 | 安楽寺 | 17 | 井戸寺 |
| 7 | 十楽寺 | 18 | 恩山寺 |
| 8 | 熊谷寺 | 19 | 立江寺 |
| 9 | 法輪寺 | 20 | 鶴林寺(遍路ころがし) |
| 10 | 切幡寺 | 21 | 太龍寺(遍路ころがし) |
| 11 | 藤井寺 | 22 | 平等寺 |
| 23 | 薬王寺 |
20番・鶴林寺と21番・太龍寺も、焼山寺と並ぶ「遍路ころがし」の難所として知られています。太龍寺は空海が19歳の頃、100日間の修行を行ったと伝わる霊山で、現在はロープウェイでも参拝できます。
03. 修行の道場(高知県)― 24番〜39番
太平洋の荒々しい自然が広がる高知県は、四国遍路の中でも特に厳しい「修行」の地とされています。
24最御崎寺
室戸岬の洞窟「御厨人窟(みくろど)」で、若き日の空海が100日間の修行を行い、悟りを開いたと伝わる聖地です。洞窟の中からは空と海しか見えなかったことから「空海」と名乗るようになったという、名前の由来にまつわる伝説が残っています。
38金剛福寺
四国最南端の足摺岬に建つ寺院。弘法大師が観音菩薩の理想郷「補陀落(ふだらく)」の世界をこの地に感得したと伝えられ、亀に乗って海中の岩まで渡ったという伝説にちなむ亀の像が本堂前に佇んでいます。
| 番号 | 寺名 | 番号 | 寺名 |
|---|---|---|---|
| 25 | 津照寺 | 33 | 雪蹊寺 |
| 26 | 金剛頂寺 | 34 | 種間寺 |
| 27 | 神峯寺(遍路ころがし) | 35 | 清瀧寺 |
| 28 | 大日寺 | 36 | 青龍寺 |
| 29 | 国分寺 | 37 | 岩本寺 |
| 30 | 善楽寺 | 39 | 延光寺 |
| 31 | 竹林寺 | ||
| 32 | 禅師峰寺 |
27番・神峯寺も「遍路ころがし」の一つで、急峻な山道の先にあることから「真っ縦(まったて)」の異名を持ちます。
04. 菩提の道場(愛媛県)― 40番〜65番
愛媛県には、四国八十八箇所の中で最多となる26の札所があります。
51石手寺
道後温泉のほど近くにある古刹。「衛門三郎再来」の伝説――無礼を働いた長者が悔い改めて空海を追い求め、生まれ変わったという物語――が、四国遍路そのものの起源になったと伝えられています。地下には全長約200mの「マントラ洞窟」も。
| 番号 | 寺名 | 番号 | 寺名 |
|---|---|---|---|
| 40 | 観自在寺 | 53 | 圓明寺 |
| 41 | 龍光寺 | 54 | 延命寺 |
| 42 | 佛木寺 | 55 | 南光坊 |
| 43 | 明石寺 | 56 | 泰山寺 |
| 44 | 大寶寺 | 57 | 栄福寺 |
| 45 | 岩屋寺(遍路ころがし) | 58 | 仙遊寺 |
| 46 | 浄瑠璃寺 | 59 | 国分寺 |
| 47 | 八坂寺 | 60 | 横峰寺(遍路ころがし) |
| 48 | 西林寺 | 61 | 香園寺 |
| 49 | 浄土寺 | 62 | 宝寿寺 |
| 50 | 繁多寺 | 63 | 吉祥寺 |
| 51 | 石手寺 | 64 | 前神寺 |
| 52 | 太山寺 | 65 | 三角寺 |
55番・南光坊は、四国霊場で唯一「坊」を名に持つ札所です。60番・横峰寺は石鎚山系の中腹にあり、こちらも遍路ころがしの一つに数えられています。
05. 涅槃の道場(香川県)― 66番〜88番
いよいよ結願を迎える最後の道場、香川県です。
66雲辺寺
四国霊場88ヶ寺の中で最も標高が高い場所(標高約927m)に建つ寺院。かつては遍路ころがしの難所でしたが、現在はロープウェイで気軽に参拝できます。空海自刻と伝わる秘仏・千手観音菩薩像が本尊です。
71弥谷寺
古くから「死者の魂が集まる山」として信仰されてきた霊山。恐山と並び日本三大霊場の一つに数えられることもあり、山中の洞窟に故人の髪や位牌を納める「いやだに参り」という独特の風習が今も伝えられています。
75善通寺
弘法大師空海が生まれた場所と伝えられる、四国霊場の中でも特別な意味を持つ大寺院。総本山として、四国遍路の精神的な中心地の一つとなっています。
→ 【お寺めぐり】善通寺
84屋島寺
源平合戦の舞台として知られる屋島の頂上に建つ古刹。境内から見渡す瀬戸内海の絶景は、遍路旅の疲れを癒してくれます。
→ 【お寺めぐり】屋島寺
85八栗寺
天から降った5本の剣を、弘法大師が山中に埋めて守り神としたという伝説にちなむ「五剣山」の中腹にある寺院。開業から半世紀以上を数える、レトロなケーブルカーで参拝できます。
86志度寺
唐から持ち帰った宝珠を龍神に奪われた藤原不比等のため、一人の海女が命を懸けて珠を取り戻したという「海女の玉取り伝説」の舞台。境内には海女の墓と伝わる五輪塔群が今も残ります。
88大窪寺
四国八十八箇所、長い巡礼の旅を締めくくる「結願(けちがん)」の寺。弘法大師が唐の師から授かった錫杖をこの地に納め、窪地にちなんで「大窪寺」と名付けたと伝えられています。古くから女性の参拝を許した「女人高野」としても知られています。
| 番号 | 寺名 | 番号 | 寺名 |
|---|---|---|---|
| 67 | 大興寺 | 78 | 郷照寺 |
| 68 | 神恵院 | 79 | 天皇寺 |
| 69 | 観音寺 | 80 | 讃岐国分寺 |
| 70 | 本山寺 | 81 | 白峯寺 |
| 72 | 曼荼羅寺 | 82 | 根香寺 |
| 73 | 出釈迦寺 | 83 | 一宮寺 |
| 74 | 甲山寺 | 87 | 長尾寺 |
| 76 | 金倉寺 | ||
| 77 | 道隆寺 |
06. 四国遍路、巡り方のヒント
徒歩約40〜60日、車遍路なら10日前後が目安
白衣・菅笠・金剛杖が基本スタイル
焼山寺・鶴林寺・太龍寺・神峯寺・岩屋寺・横峰寺・雲辺寺の「遍路ころがし」に注意
88番・大窪寺のあとは高野山へお礼参りするのが伝統
07. まとめ
- 四国八十八箇所は、弘法大師・空海ゆかりの88の霊場を巡る、日本最大級の巡礼路である
- 「88」の数は人間の煩悩の数に由来し、徳島・高知・愛媛・香川の4県が「発心・修行・菩提・涅槃」という悟りの段階を象徴している
- 室戸岬の悟りの伝説、海女の玉取り伝説、死者の魂が還る霊山など、県ごとに個性豊かな物語が眠っている
すべてを一度に巡る必要はありません。「同行二人」の心で、まずは一寺から、四国遍路の旅を始めてみてください。
08. 謎と考察コーナー
【謎】なぜ空海は、四国という一つの島全体を巡礼路にしたのか?
西国三十三所が近畿地方を中心に広がる巡礼であるのに対し、四国八十八箇所は空海の故郷である四国という一つの島を、ほぼ丸ごと巡礼路にしています。なぜ空海(あるいは後世にこの巡礼を整えた人々)は、これほど広大な範囲を巡礼の場に選んだのでしょうか。
私は、これは四国という土地そのものが、空海にとって特別な意味を持っていたからではないかと考えます。室戸岬で悟りを開き、善通寺で生まれ、四国の荒々しい自然の中で修行を重ねた空海にとって、四国は単なる故郷ではなく、自らの信仰の原点そのものだったはずです。だからこそ、一つの寺院に信仰を集約するのではなく、島全体を巡る壮大な旅として信仰の形を残したのではないでしょうか。88という数字も、単なる煩悩の数を超えて、「一つ一つの土地、一つ一つの出会いに、仏の姿を見出す」という思想の表れなのかもしれません。
※あくまで私の考察です。

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