この記事でわかること
- お釈迦さまの弟子で、十六羅漢の第一・賓頭盧の正体
- 神通力を見せて叱られた「栴檀(せんだん)の鉢」の話
- 【謎】叱られた弟子が、なぜいちばん親しまれる仏様になったのか
なでられすぎて顔がなくなるほど、人に愛された仏様。そのわけをたどります。
01. 賓頭盧(おびんずるさま)の基本情報
| 分類 | 羅漢(らかん=修行をきわめたお釈迦さまの弟子)。十六羅漢の第一 |
| 読み方 | びんずる(「びんづる」とも) |
| 正式な名前 | 賓頭盧頗羅堕(びんずるはらだ)。賓頭盧尊者(そんじゃ)とも |
| 別名 | おびんずるさま、びんずるさん、なで仏(撫仏〈なでぼとけ〉) |
| 梵名(ぼんみょう) | ピンドーラ・バーラドヴァージャ(Piṇḍola-Bhāradvāja)。バーラドヴァージャは家の姓です |
| 称号 | 獅子吼第一(ししくだいいち=ライオンがほえるように堂々と教えを説く第一人者) |
| 真言・種子字 | 決まったものは確認できませんでした |
| ご縁日 | 全国で決まった日は確認できませんでした。善光寺では毎年1月6日に「びんずる廻し」があります |
02. 賓頭盧とは? ― 神通力で叱られ、この世に残された羅漢
① 一言まとめ
賓頭盧は、お釈迦さまの弟子の一人です。すぐれた神通力(じんずうりき=ふしぎな力)を持っていました。でも、その力をむやみに見せたためお釈迦さまに叱られ、涅槃(ねはん=この世を去って安らぎに入ること)を許されなかったと伝わります。そのかわり、お釈迦さまが亡くなったあとも、この世で人々を救いつづける役目を負いました。
② 由来・経典上の位置づけ
賓頭盧は、インドのコーサンビーのウデーナ王(優填王〈うでんおう〉)に仕える家の出身とされます。王の家臣だったとも、家臣の子だったともいわれます(諸説あり)。
実は、名前の「ピンドーラ」には、おもしろい説明があります。パーリ語の注釈書は、「托鉢(たくはつ)の食べ物(ピンダ)を求めて出家したから」ピンドーラと呼ばれた、と説明します。若いころは食べ物への欲が強く、大きな鉢を持ち歩いていたといいます。
でも、賓頭盧はお釈迦さまの教えにしたがって欲をおさえ、阿羅漢(あらかん)の悟りを得ました。そして、「疑いのある人は、何でも私に聞いてください」とお釈迦さまの前で宣言します。お釈迦さまは賓頭盧を、獅子吼(ししく)の第一人者とたたえました。
のちに、お釈迦さまの死後もこの世にとどまって教えを守る「十六羅漢」がまとめられると、賓頭盧はその第一に数えられました。辞典によれば、涅槃に入らず南インドの山にとどまり(山の名は、マイペディアでは摩利支山〈まりしせん〉、Wikipediaでは摩利山〈まりせん〉と書かれます)、末の世の人々を救うとされます。
③ 姿・持物・印相の特徴
- 白い髪と長い眉:白頭・長眉(ちょうび)の老僧の姿で表されるのが特徴です
- 座った僧の姿:日本の善光寺などでは、木の座像(ざぞう)が本堂の外陣(げじん)や縁に置かれています
- 持物:絵では、岩に座り、経典の箱やうちわを持つ姿もあります(英語版Wikipedia)。チベットでは経典と托鉢の鉢を持つとされます
- すりへった顔:日本では、なでられつづけて顔や体がすりへった像が多く見られます
印相・光背・台座:羅漢は修行僧の姿で表されるため、如来のような決まった印相(いんぞう=手の形)や光背は、基本的にありません。菩薩のような冠や飾りもつけません。赤い布のよだれかけや帽子を着せられた像もあります。
03. おびんずるさま(賓頭盧)のご利益 ― なでて治す病気平癒
🍀 福徳
👶 子どもの健康
🙏 無病息災
- 病気平癒:病気の人が、自分の悪いところと同じ部分の像をなでると治る、という信仰があります。これが「なで仏」です
- 福徳:後の世には、末の世の人に福を授ける存在とされ、法会(ほうえ)で食事などの供養が行われました
- 子どもの健康:赤ちゃんの健康を願って、よだれかけや帽子を着せることがあるとされます
- 無病息災:善光寺のびんずる廻しでは、授かった杓子(しゃもじ)で像をなでて持ち帰り、一年の福と無病息災を祈ります
ご利益の根拠:お釈迦さまに「この世にとどまって人々を救え」と命じられた、という話が土台です。善光寺は、なでると「その神通力にあやかって」病気を治してもらえる、と説明しています。
こんな人におすすめ:けがや病気が気になる人。家族の健康を願う人。お寺に行くと、まず入り口で手を合わせたくなる人。
04. 賓頭盧の眷属・関連する仏様
賓頭盧には、決まった眷属(けんぞく=おとも)はいません。神仏習合で対応づけられた日本の神様も、確認できませんでした。かわりに、一緒にまつられる羅漢の仲間がいます。
05. 賓頭盧をまつる主要な寺院 ― 善光寺のびんずる尊者ほか
- 善光寺(長野県長野市):本堂正面から外陣に入ると、「最初に目にとまる像」がびんずる尊者です。安置されたのは正徳3年(1713年)とされます。顔は、なでられつづけて元の姿がわからないほどすりへっています。毎年1月6日の夜7時からは「びんずる廻し」があります。特別御朱印「びんずる尊者」も頒布されています(公式)
- 東大寺(奈良県奈良市):大仏殿にまつられるびんずる像が、よく知られています(Wikipedia)。大仏を拝んだあと、ぜひさがしてみてください
- 萬福寺(まんぷくじ。京都府宇治市):大雄宝殿(だいゆうほうでん)に十八羅漢の像がならびます。十六羅漢に慶友尊者(けいゆうそんじゃ)と賓頭盧尊者を加えた、明(みん)の時代の形式とされます(羅睺羅の記事も参照)
06. おびんずるさま(賓頭盧)の見分け方ガイド
✅ この特徴があればびんずるさまかも?チェックリスト
- □ 本堂の中の奥ではなく、外陣や縁側、入り口に座っている
- □ 白い髪・長い眉の、おじいさんの僧の姿
- □ 顔や手、ひざがなでられてつるつるになっている
- □ 赤いよだれかけや帽子を着ている
- □ 近くに「おびんずるさま」「なで仏」と書いた札がある
似た仏様との違い
07. 賓頭盧の物語 ― 竹ざおの上の栴檀の鉢
お釈迦さまが、王舎城(おうしゃじょう=ラージャガハ)の近くにいたころのことです。
町のある長者(ちょうじゃ=お金持ち)が、栴檀(せんだん=よい香りの木)で作った鉢を、竹をつないだ高いさおの先にかかげました。そして言いました。「本当に力のある聖者がいるなら、空を飛んでこの鉢を取ってみなさい」。
それを聞いた目連は、賓頭盧に「あなたが取ってきなさい」とすすめます。賓頭盧は神通力で空にのぼり、鉢を取ってきました。人々は大さわぎしてほめたたえます。
ところが、お釈迦さまはこれを聞いて、賓頭盧を叱りました。「わずかな鉢のために、尊い力を人に見せるとは、ふさわしくない」。その鉢はけずって粉にされ、僧たちが栴檀の練り香として使うことになったといいます。
──そう、いちばんの見せ場が、いちばんの叱られどころになったのです。
後の世の伝えでは、このとき賓頭盧は涅槃を許されず、この世にとどまって人々を救うよう命じられた、と語られます。
【伝説】ウデーナ王と赤いアリ
賓頭盧は、ウデーナ王の庭園で昼休みをとるのが習慣でした。ある日、王についてきた女性たちが、賓頭盧のまわりに集まって説法を聞きました。それに気づいた王は腹を立て、赤いアリの巣を賓頭盧の体にのせさせようとしました。賓頭盧は姿を消して、サーヴァッティ(舎衛城〈しゃえいじょう〉)へ帰ったといいます(DPPN)。のちに王は、同じ場所で賓頭盧に教えを請うたと伝わります。
08. 賓頭盧のまとめと関連記事
この記事でわかったこと
- 賓頭盧はお釈迦さまの弟子で、十六羅漢の第一。獅子吼第一とも呼ばれた
- 神通力をむやみに見せて叱られ、この世にとどまって人々を救う役目を負ったと伝わる
- 日本では本堂の外陣に置かれ、なでると病が治る「なで仏」として親しまれた
お寺の入り口でびんずるさまを見つけたら、そっと手を合わせてみてください。
09. ゆる仏様トーク ― おびんずるさま編
おびんずるさまは、今でいえば「受付のすぐ横にいる、ベテランの保健室の先生」です。奥の校長室(本尊)まで行かなくても、入り口で「どこが痛いの?」と迎えてくれる。だから、みんなまず先生のところへ行くのです。
空を飛んで鉢を取ったら、ほめられるどころかきびしいお叱り。しかも罰は「この世にずっと残って、人を助けなさい」。──そう、賓頭盧の「おしおき」は、2500年続く人助けの仕事だったのです。
おびんずるさまが、なでに来た人に声をかけるとしたら――
※経典の言葉ではなく、なで仏として親しまれてきた姿をもとにイメージしたセリフです。

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