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【仏様図鑑】十六羅漢(じゅうろくらかん)-お釈迦さまに後を託された16人の聖者、禅寺の三門の2階にいる謎

仏様図鑑
お寺で、ずらりとならんだ僧の像を見たことはありませんか。その中でも「16人」でひと組になっているのが十六羅漢(じゅうろくらかん)です。お釈迦さまから「わたしが去ったあとの教えを守ってほしい」と託された聖者たちです。

この記事でわかること

  • 十六羅漢とはだれか。16人の名前と、もとになったお経『法住記』
  • 十大弟子・十八羅漢・五百羅漢とのちがいと見分け方
  • 【謎】十六羅漢は、なぜ禅寺の三門(さんもん)の2階にいるのか

門をくぐるとき、頭の上から16人が見守っているかもしれません。2026年11〜12月には、東福寺の三門の2階で十六羅漢に会えます。

01. 十六羅漢の基本情報

十六羅漢(じゅうろくらかん)基本情報
分類 羅漢(らかん=修行をきわめたお釈迦さまの弟子)。16人のグループ
読み方 じゅうろくらかん
別名 十六大阿羅漢(じゅうろくだいあらかん)、十六尊者(そんじゃ)
もとになったお経 『大阿羅漢難提蜜多羅所説法住記(だいあらかんなんだいみたらしょせつほうじゅうき)』。略して『法住記』。玄奘(げんじょう)が654年に漢文に訳したとされます
梵名(ぼんみょう) グループ全体の梵名は確認できませんでした。第一の賓頭盧はピンドーラ・バーラドヴァージャです
真言・種子字 決まったものは確認できませんでした
ご縁日 決まった日は確認できませんでした
💡 出典:定義はコトバンク(デジタル大辞泉・日本国語大辞典・日本大百科全書・ブリタニカ)。『法住記』の正式名・訳者・654年はWikipedia「十六羅漢」と仏教辞典による。

02. 十六羅漢とは? ― お釈迦さまに後を託された16人

① 一言まとめ

十六羅漢は、お釈迦さまの命を受けて、この世に長くとどまる16人の聖者です。お釈迦さまが亡くなったあとも、正しい教え(正法〈しょうぼう〉)を守り、人々を導くとされます。

② 由来・経典上の位置づけ

十六羅漢の名前がならぶお経が『法住記』です。お釈迦さまが亡くなって800年ほどのころ、慶友(けいゆう=難提蜜多羅〈なんだいみたら〉)という聖者が語った、という形になっています。

お経によれば、お釈迦さまは亡くなるとき、教えを16人の大阿羅漢(だいあらかん)とその仲間に託しました。16人は教えが消えないように守ります。そして、人々が福をまく「田んぼ」(福田〈ふくでん〉)の役目もはたすとされます。

中国では唐の時代のあと、十六羅漢の絵がさかんに描かれました。敦煌(とんこう)の五代ごろの壁画にも見られます(日本大百科全書)。日本へは、宋に渡った僧の奝然(ちょうねん)が伝えたとされます(JAANUS)。東京国立博物館の国宝「十六羅漢像」は11世紀の作で、今に残る十六羅漢図で最古とされます。ブリタニカは、漢訳されて以来「おもに禅宗で尊ばれ」たと説明します。

十六羅漢16人の名前一覧(法住記)

『法住記』の順番です。眷属(けんぞく=おともの羅漢)の数と、住む場所もあわせて紹介します。

番号 名前(読み) 眷属 住む場所
第一 賓度羅跋囉惰闍(びんどらばらだじゃ)=賓頭盧 1000人 西瞿陀尼洲(さいくだにしゅう)
第二 迦諾迦伐蹉(かなかばっさ) 500人 迦湿弥羅国(カシミール)
第三 迦諾迦跋釐堕闍(かなかばりだじゃ) 600人 東勝身洲(とうしょうしんしゅう)
第四 蘇頻陀(すびんだ) 700人 北倶盧洲(ほっくるしゅう)
第五 諾距羅(なこら) 800人 南贍部洲(なんせんぶしゅう)
第六 跋陀羅(ばだら) 900人 躭没羅洲(たんもらしゅう)
第七 迦理迦(かりか) 1000人 僧伽荼洲(そうがだしゅう)
第八 伐闍羅弗多羅(ばじゃらほたら) 1100人 鉢剌拏洲(はらなしゅう)
第九 戍博迦(じゅばか) 900人 香酔山(こうすいせん)
第十 半託迦(はんたか) 1300人 三十三天(さんじゅうさんてん)
第十一 囉怙羅(らごら)=羅睺羅 1100人 畢利颺瞿洲(ひつりようくしゅう)
第十二 那伽犀那(なかさいな) 1200人 半度波山(はんどはせん)
第十三 因掲陀(いんかだ) 1300人 広脇山(こうきょうせん)
第十四 伐那婆斯(ばなばす) 1400人 可住山(かじゅうせん)
第十五 阿氏多(あじた) 1500人 鷲峰山(じゅぶせん)
第十六 注荼半託迦(ちゅだはんたか)=周利槃特 1600人 持軸山(じじくせん)
💡 名前・眷属の数・住む場所は『法住記』の本文(中国語版Wikisource)とWikipedia「十六羅漢」による。漢字の書き方や数は、資料によってちがうことがあります(諸説あり)。たとえば第十一の眷属は、『法住記』の原文では1100人ですが、Wikipediaの表では900人です。第七の住む場所も、Wikipediaは「僧伽羅洲」と書いています。

③ 姿・持物・印相の特徴

  • 僧の姿:頭を丸め、袈裟(けさ)を着た修行僧の姿です。仏や菩薩のような冠や飾りはつけません
  • 一人ひとり表情がちがう:経典を読む人、杖を持つ人、香炉を持つ人など、16人それぞれに個性があります
  • 2つの描き方:中国の絵には、細い線とあざやかな色で描く李龍眠(りりゅうみん)様と、水墨で顔や体を大げさに描く禅月(ぜんげつ)様があります(JAANUS)
  • 印相・光背・台座:羅漢は人間の僧の姿なので、決まった印相(いんぞう=手の形)はありません。岩や椅子に座る姿が多く見られます
💡 出典:本文の由来は『法住記』(中国語版Wikisourceの本文)とコトバンク。東京国立博物館の国宝は文化遺産オンライン「十六羅漢像(第五尊者)」。描き方の2系統はJAANUS(日本建築・美術用語辞典)「jūroku rakan」「Zengetsuyō rakan」。

03. 十六羅漢のご利益 ― 供養すると福がめぐる

🌾 福徳(福田)
📜 仏法守護
🧹 修行・学びの励み
🏯 寺を守る
  • 福徳:「羅漢」は阿羅漢の略で、「供養に値する人」という意味です(ブリタニカ)。お経では、羅漢に供養した人は大きな果報(かほう=よい報い)を得るとされます
  • 仏法守護:16人は、お釈迦さまの教えが消えないように守る役目をもっています
  • 修行・学びの励み:第十六の周利槃特は、物覚えが悪くても掃除をつづけて悟ったと伝わります。コツコツがんばる人の励みになる、というのは筆者の見方です
  • 寺を守る:禅寺では、三門の2階などに十六羅漢がまつられています

ご利益の根拠:『法住記』は、施主(せしゅ=お布施をする人)が僧に食事や寝具をささげると、16人がその場に来て供養を受けると説きます。そして「施主たちにすぐれた果報を得させる」と書かれています。

こんな人におすすめ:人知れずがんばっている人。勉強や仕事でなかなか結果が出ない人。お寺でたくさんの羅漢像を見て、「自分に似た顔」をさがすのが好きな人。

04. 十六羅漢の眷属・関連する仏様

16人それぞれに、500〜1600人の羅漢のおともがいるとされます。対応づけられた日本の神様は、確認できませんでした。ここでは、関係の深い仏様・聖者を紹介します。

賓頭盧(びんずる)第一尊者。日本では「おびんずるさま」として、なでると病が治るとされる「なで仏」で知られます
羅睺羅(らごら)第十一尊者。お釈迦さまの実の子で、十大弟子の一人です
周利槃特(しゅりはんどく)第十六尊者。第十の半託迦は、その兄の摩訶槃特(まかはんどく)とされます
那伽犀那(なかさいな)第十二尊者。『ミリンダ王の問い』のナーガセーナと思われます(Wikipedia)
阿氏多(あじた)第十五尊者。一部の仏典では弥勒菩薩と同じとされることがあります(Wikipedia)
慶友(けいゆう)『法住記』を語った聖者。十八羅漢の一人に数えられることがあります
💡 十大弟子とのちがい:十大弟子と十六羅漢で重なるのは、羅睺羅ただ1人です。十大弟子は「お釈迦さまの生前の高弟」、十六羅漢は「亡くなったあとの教えを守る聖者」と考えると、わかりやすいです。
十八羅漢:十六羅漢に2人を加えたもの。加える人は資料でちがい、慶友と賓頭盧を加えると賓頭盧が二重に数えられます(くわしくは賓頭盧の記事へ)。
五百羅漢:お釈迦さまに付きしたがった500人、または最初の経典づくりの会議に集まった弟子たちのことです(Wikipedia)。

05. 十六羅漢をまつる主要な寺院・会える場所

  • 東福寺(京都市東山区):国宝の三門の2階(楼上〈ろうじょう〉)に、宝冠釈迦如来(ほうかんしゃかにょらい)と十六羅漢がならびます。像は室町時代初期の作と伝わります。向かって右に奇数番、左に偶数番の羅漢が8体ずつです(公式)。楼上はふだんは非公開です。2026年秋は11月7日(土)〜12月6日(日)に国宝三門の特別公開があり、宝冠釈迦如来坐像や十六羅漢像が公開されます。時間は9時〜16時(入場は15時30分まで)、大人1,000円・小中学生500円です(公式)。春は3月の涅槃会のころにも公開されました(2026年は3月14〜16日)
  • 清凉寺(せいりょうじ。京都市右京区嵯峨):国宝「絹本著色十六羅漢像」16幅を持ちます。中国・北宋時代の羅漢像の、ただ一つの遺品とされます。今は東京国立博物館と京都国立博物館に8幅ずつ預けられています(Wikipedia)
  • 東京国立博物館(東京都台東区):国宝「十六羅漢像」(平安時代・11世紀)。もとは滋賀県大津市の聖衆来迎寺(しょうじゅらいごうじ)に伝わったものです。今に残る十六羅漢図で最古とされます(文化遺産オンライン)
  • 高台寺(京都市東山区):水墨の「禅月様」の十六羅漢図が伝わります(JAANUS)
  • 萬福寺(まんぷくじ。京都府宇治市):大雄宝殿に十八羅漢の像がならびます(くわしくは羅睺羅の記事へ)
💡 ほかに、南禅寺・妙心寺の三門の2階にも十六羅漢がまつられるとされます(JAANUS)。東京の増上寺の三解脱門(さんげだつもん)の2階にも、釈迦如来と十六羅漢がいます(観光庁)。ただし増上寺の三解脱門は修理中です。楼上の公開や博物館の展示は不定期なので、行く前に公式サイトで確かめてください。

06. 十六羅漢の見分け方ガイド

✅ この特徴があれば十六羅漢かも?チェックリスト

  • □ 僧の姿の像が、ちょうど16体そろっている
  • □ 「第一尊者」「第十六尊者」のように、番号がついている
  • □ 禅寺の三門の2階で、釈迦如来の左右にならんでいる
  • □ 中国風の衣や椅子で、一人ひとり表情や持ち物がちがう

豆知識:お堂の外に1体だけ座る羅漢像は、第一の賓頭盧であることが多いです。

似たグループとのちがい

  • 十大弟子との違い:10体のひと組です。名札に「舎利弗」「目連」などがあれば十大弟子です
  • 十八羅漢との違い:18体なら十八羅漢。萬福寺のように、黄檗宗の寺で見られます
  • 五百羅漢との違い:数十〜数百体の羅漢がずらりとならんでいたら、五百羅漢です

07. 十六羅漢の物語 ― 慶友の最後の説法

お釈迦さまが亡くなって、800年ほどたったころのことです。

師子国(ししこく=今のスリランカ)に、慶友という聖者がいました。慶友は、まもなくこの世を去ろうとしていました。それを知った弟子の僧たちは、声をあげて泣き、地面に転がって悲しみました。

慶友は、やさしく言いました。「泣かなくていい。生まれたものは、必ず滅びる。それがこの世のならいなのだから」。

僧たちはたずねます。「お釈迦さまの教えは、これからいつまで続くのでしょうか」。

そこで慶友が語ったのが、16人の大阿羅漢の話でした。お釈迦さまは亡くなるとき、教えを16人に託した。16人は今もこの世のどこかにいて、教えを守っている。人々が僧に供養をするとき、16人はふつうの僧の姿で、そっとその中にまじっている――。

話を終えると、慶友は空中に足を組んで座りました。そして、そのまま涅槃(ねはん)に入ったと伝わります。

──そう、16人の名前は、一人の聖者の「最後の言葉」として残されたのです。

📖 『大阿羅漢難提蜜多羅所説法住記』による(中国語版Wikisourceの本文で確認)。慶友の言葉の原文は「不須啼泣。仁等當知世間法爾有生必滅」。会話は筆者がやさしく言いかえました。お経によれば、16人は教えが消えるときに、お釈迦さまの遺骨を七宝の塔に集め、そろって涅槃に入るとされます。

【伝説】周利槃特と茗荷(みょうが)

第十六の周利槃特は、物覚えがとても悪い弟子でした。出家して4か月たっても、短い詩の一つも覚えられなかったといいます。お釈迦さまは一枚の布を与え、「塵(ちり)を除く、垢(あか)を除く」と唱えながら掃除をさせました。やがて周利槃特は、落とすべき汚れは心の煩悩だと気づき、悟りを開いたとされます(Wikipedia)。

日本には、こんな言い伝えもあります。周利槃特は自分の名前を覚えられず、死ぬまで苦労しました。そのお墓に見なれない草が生え、「名を荷(にな)った」ことから「茗荷」と名づけられた、という説です(千葉県公式サイト)。茗荷を食べると物忘れする、という話のもとになったとされます。もちろん、本当に物忘れすることはありません。茗荷の名前の由来には、ほかにも説があります。

08. 十六羅漢のまとめと関連記事

この記事でわかったこと

  • 十六羅漢は、お釈迦さまに後を託され、この世にとどまって教えを守る16人の聖者
  • 名前は『法住記』に出てくる。賓頭盧・羅睺羅・周利槃特などがいる
  • 日本では禅宗でとくに大切にされ、禅寺の三門の2階などにまつられた

お寺で16体の羅漢を見つけたら、一人ひとりの顔をじっくり見てみてください。

09. ゆる仏様トーク ― 十六羅漢編

🍵 ゆる仏様トーク①(たとえ話)

十六羅漢は、今でいえば「社長が引退したあとも会社に残る、16人のベテラン社員」です。しかも全国16か所の支店に散らばって、それぞれ500〜1600人の部下をかかえています。会社(教え)がつぶれないよう、ずっと見守っているのです。

🍵 ゆる仏様トーク②(ツッコミ)

自分の名前も覚えられなかった周利槃特が、まさかの「十六羅漢のトリ(第十六)」。しかも、お墓の草が茗荷の名前の由来だという説まであるとは。──そう、覚えられなかった人の名前が、いちばん忘れられない名前になったのです。

🍵 ゆる仏様トーク③(ひとこと)

三門の2階の十六羅漢が、門をくぐる人に声をかけるとしたら――

「気づかなくていいよ。わたしたちは、いつもふつうの顔でそばにいるから。」

※経典の言葉ではなく、『法住記』の「ふつうの僧の姿で供養を受ける」という記述をもとにイメージしたセリフです。

10. 十六羅漢の謎 ― なぜ禅寺の三門の2階にいるのか

【謎】十六羅漢は、なぜ本堂ではなく、禅寺の「三門の2階」にまつられるのか
【事実の整理】
① 『法住記』によれば、16人は涅槃に入らず、この世にとどまって教えを守ります。教えが消えるときになって、ようやく涅槃に入るとされます。
② 同じお経によれば、人々が僧に供養するとき、16人は「種々の形を現して聖なる姿を隠し、ふつうの僧にまじって」ひそかに供養を受けます(原文「現種種形蔽隠聖儀。同常凡衆密受供具」)。
③ 十六羅漢は、漢訳以来「おもに禅宗で尊ばれ」ました(ブリタニカ)。
④ 東福寺・南禅寺・妙心寺などの三門の2階に、十六羅漢がまつられます(JAANUS・東福寺公式)。東福寺では、中央の宝冠釈迦如来の左右に8体ずつならびます。
⑤ 観光庁の解説は、禅寺の三門を「聖域と日常の世界の境目」と説明します。三門の楼上は、ふだんは非公開のことが多いです。
⑥ ただし、鎌倉の建長寺の三門の2階には五百羅漢がまつられます(観光庁)。三門の2階にいる羅漢の数は、寺によってちがいます。
【私の考察】
私は、十六羅漢が「境目にいる聖者」だから、境目である門にまつられたのではないかと考えます。
なぜなら、十六羅漢は二重の意味で「あちらとこちらの間」にいるからです。まず、悟りきっているのに、涅槃(あちら)に行きませんでした。この世(こちら)に残ったのです(①)。次に、聖者なのにふつうの僧の顔をして、人の中にまじります(②)。
本堂の奥の仏様が「あちら側」なら、十六羅漢は「こちら側に出てきてくれる聖者」です。だから、仏の世界と日常の境目である門(⑤)が、ふさわしい場所だったのではないでしょうか。建長寺の五百羅漢のように(⑥)、三門の2階はもともと「羅漢の場所」になりやすかったのでしょう。その中でも十六羅漢は、お経の中で「この世に残る」ことをはっきり命じられた羅漢です。
さらに、2階という高さにも意味がありそうです。門をくぐる人は、頭の上に16人がいることに、ふつう気づきません。楼上はたいてい非公開で、姿も見えません。これは、「聖なる姿を隠して、そっと人のそばにいる」というお経の羅漢の姿(②)と、よく重なります。中央に釈迦如来、左右に16人という配置も、お釈迦さまが16人に教えを託す場面(①)を思わせます。
【結論(あくまで推測)】
十六羅漢は、この世に残って教えを守り、ふつうの姿で人のそばにいる聖者です。その性格が、聖と俗の境目である三門の、しかも見えない2階という場所と重なった――私はそう考えます。ただし、三門の2階に十六羅漢を置く理由をはっきり書いた資料は、見つけられませんでした。あくまで私の考察です。あなたはどう思いますか?
💡 出典:①②は『大阿羅漢難提蜜多羅所説法住記』(中国語版Wikisource)、③はコトバンク(ブリタニカ国際大百科事典)、④はJAANUS「jūroku rakan」と東福寺公式「三門」、⑤⑥は観光庁 多言語解説文データベース(建長寺「三門」)。

11. 十六羅漢データベース早見表

項目 内容
分類 羅漢(16人のグループ)
読み方 じゅうろくらかん
別名 十六大阿羅漢・十六尊者
梵名 グループ名は確認できず(第一 賓頭盧=ピンドーラ・バーラドヴァージャ)
出典 『法住記』(玄奘訳・654年)
おもなメンバー 第一 賓頭盧・第十一 羅睺羅・第十六 周利槃特
真言・種子字 決まったものは確認できず
ご縁日 決まった日は確認できず
主なご利益 福徳・仏法守護・修行の励み
会える場所 東福寺(三門楼上)・清凉寺(国宝画)・東京国立博物館

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