神 様 図 鑑 — No. 027
いちきしまひめのみこと 市杵嶋姫命
宗像三女神の三女 / 厳島神社の主祭神 / 弁財天のルーツ・芸能・美・財の女神
基本情報
① 名前と出典
| 正式名称 | 市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)古事記 |
|---|---|
| 日本書紀表記 | 市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)・狭依毘売命(さよりびめのみこと)日本書紀 |
| 名前の意味 | 「市(いち)」は市・交易・集まる場所。「杵嶋(きしま)」は「岸島(きしのしま)」——岸・沿岸の島という意味。「姫(ひめ)」は高貴な女神。全体として「岸の島に宿る姫神」——海の岸に浮かぶ島(宮島・厳島)に宿る女神という意味。別名「狭依毘売(さよりびめ)」の「さより」は「細い・優美な」という意味とされる。 |
| 初出文献 | 古事記(712年)上巻・日本書紀(720年)神代上。天照大神と素戔嗚尊の誓約(うけい)から生まれた宗像三女神の三女として登場する。田心姫命(No.023)・湍津姫命の姉妹神。 |
② 宗像三女神と市杵嶋姫命の位置づけ
③ 別名と出典
| 狭依毘売命 | さよりびめのみこと。日本書紀の一書の表記。「さより」は「細い・優美な」という意味で、姿の美しさを示す。日本書紀(一書) |
|---|---|
| 弁財天(習合) | べんざいてん。中世神仏習合で市杵嶋姫命と同一視された仏教・ヒンドゥー教起源の女神。七福神の一柱として「琵琶を抱えた女神」として有名。中世神仏習合 |
| 厳島大明神 | いつくしまだいみょうじん。厳島神社の主祭神としての称号的な呼び方。「厳島(いつくしま)」は宮島の古名。厳島神社社伝 |
| 弁才天・弁財天 | べんざいてん。芸能の神としては「弁才天」、財の神としては「弁財天」と書き分けることがある。七福神の文脈では「弁財天」が一般的。江戸時代の七福神信仰 |
④ 同一神・神仏習合
| 弁財天との習合 | 市杵嶋姫命とヒンドゥー教の女神「サラスヴァティー(Saraswati)」が中国を経て伝わった「弁才天(弁財天)」は、「海・水の女神・芸能・音楽の女神」という共通の神格から中世の神仏習合で完全に同一視された。現在の日本では「弁財天=市杵嶋姫命」という理解が定着しており、七福神信仰における「弁財天」は事実上、市杵嶋姫命の民間信仰版となっている。 中世神仏習合・七福神成立の歴史 |
|---|---|
| 厳島神社との関係 | 広島県廿日市市宮島町の厳島神社は市杵嶋姫命を主祭神とする世界遺産の神社。593年(推古天皇元年)に佐伯鞍職(さえきのくらもと)が市杵嶋姫命のお告げを受けて創建したとされる。平清盛が厳島神社を篤く信仰・修築したことで全国的な知名度を持つようになり、「芸能・美・財の女神」として武士・商人・芸術家から絶大な信仰を集めた。 厳島神社社伝・平清盛の奉仕記録 |
| 日本三弁天 | 日本三弁天(さんべんてん)とは市杵嶋姫命(弁財天)を祀る三大聖地のこと。厳島神社(広島)・竹生島(ちくぶしま・滋賀県)・江の島神社(神奈川県)の三社が一般的に知られる。いずれも「島・水辺」に鎮座するという共通点を持ち、市杵嶋姫命の「海・水の女神」という神格を反映している。 日本三弁天の伝承 |
⑤ 神様の種類
| 分類 | 天津神(あまつかみ)——誓約から生まれた三女神の末女——天照大神と素戔嗚尊の誓約から生まれた宗像三女神の三女。田島(宗像大社辺津宮)と宮島(厳島神社)という二大聖地に鎮座し、宗像三女神の中で最も全国的な知名度と信仰規模を持つ。弁財天との習合により「海・芸能・音楽・美・財」という多彩な神格を獲得した。 |
|---|---|
| 神格 | 芸能神・音楽神・弁舌神・美神・財神・海神・縁結神・知恵神 |
| 特徴 | 宗像三女神の中で最も民間信仰に根付いた神。田心姫命(沖ノ島・立入禁止)・湍津姫命(大島・船でしかアクセスできない)に比べ、厳島神社という世界的観光地・宮島に鎮座することで最もアクセスしやすく、七福神の弁財天として日常的な信仰対象となっている。「姉たちより参拝しやすい三女神」という親しみやすさも特徴。 |
⑥ 系図
⑦ 活躍した時代
市杵嶋姫命は神代に誓約から生まれ、姉たちとともに玄界灘の航路守護を担ったが、時代とともに信仰の性格が変化していった。平安時代・中世において弁財天との習合が進み、「海の女神」という原初の性格に「芸能・音楽・美・財」という新たな神格が加わった。平清盛の篤い信仰と厳島神社の整備、戦国・江戸時代の七福神信仰の広まりを経て、現代では「弁財天・芸能・美・財の女神」として全国で最もポピュラーな女神のひとりとなっている。
祀られる神社
登場する神話・伝説
弁財天の原型はインドのヒンドゥー教女神「サラスヴァティー(Sarasvatī)」です。河の女神として豊穣・芸術・知恵を司るサラスヴァティーが、仏教に取り入れられて「弁才天(べんざいてん)」となり、中国を経て日本に伝来しました。日本に伝わった弁才天の「海・水の女神・芸能の女神」という性格が、古事記の市杵嶋姫命の「海に鎮まる女神」という神格と重なり、中世の神仏習合で両者が融合しました。「インドのサラスヴァティー→中国の弁才天→日本の市杵嶋姫命(弁財天)」という女神の長い旅が、現代の七福神・厳島神社信仰につながっています。
誓約から生まれた三女——市杵嶋姫命の出生
田心姫命(No.023)の記事でも詳述したとおり、天照大神と素戔嗚尊の誓約から生まれた宗像三女神の末女が市杵嶋姫命である。古事記では天照大神が素戔嗚尊の剣を噛み砕いた息から三女神が生まれたとされる。日本書紀の一書では出生順が異なるなど諸説があるが、いずれも「誓約」という神聖な儀式から生まれた特別な女神として位置づけられる。三女神の中で末女として記されることで、「最も若く・最も人間に近い・最もアクセスしやすい女神」という印象を持つとも解釈される。
厳島神社の創建——海上社殿の起源
593年(推古天皇元年)、佐伯鞍職(さえきのくらもと)が宮島の海上に市杵嶋姫命を祀る社を建てたのが厳島神社の起源とされる。創建の由来については「市杵嶋姫命のお告げを受けて宮島に社を建てた」という社伝が残る。その後、平安時代末期に平清盛が篤く帰依し、現在の海上社殿の原型を整備したとされる。清盛の信仰が厳島神社を全国的な聖地へと押し上げ、「平家の守護神・芸能の女神」としての信仰が全国に広まった。現在の本殿・回廊・海上大鳥居という壮麗な景観は、清盛の工事を基盤としている。
竹生島の弁財天——琵琶湖の島に宿る市杵嶋姫命
滋賀県・琵琶湖に浮かぶ竹生島(ちくぶしま)は「日本三弁天」のひとつとして有名な聖地。古くから「弁財天が宿る神の島」として参拝者が訪れており、都久夫須麻神社(つくぶすまじんじゃ)に市杵嶋姫命が祀られている。参拝者は島の斜面に設けられた「かわらけ投げ」——素焼きの小皿を鳥居に向かって投げ入れる縁起の行事——で有名。名古屋から米原経由で長浜まで約1時間、長浜港から船で約25分という比較的アクセスしやすい水上聖地として、神社めぐりの一日コースとしても人気が高い。
平清盛と厳島神社——武士の守護神となった海の女神
平清盛(1118〜1181年)は厳島神社を平家一門の守護神として篤く信仰し、大規模な修築・整備を行った。現在の厳島神社の壮麗な海上社殿の基本設計は清盛の時代に完成したとされる。清盛が大規模な奉納・参拝を行ったことで、厳島神社は「武家の聖地」「権力者が詣でる神社」としての地位を確立した。源頼朝・毛利元就・豊臣秀吉・徳川家光など後世の権力者も次々と参拝・奉納を行い、厳島神社の格式を高め続けた。日本の歴史を動かした権力者たちが市杵嶋姫命に祈った聖地として、歴史ファンにとっても必訪の神社。
逸話・エピソード
厳島神社の海上大鳥居は日本の神社建築の中でも最も有名なシンボルのひとつ。現在の鳥居は1875年(明治8年)に建てられた8代目で、高さ約16.6m・総重量60トン。世界遺産・日本三景のひとつとして、年間300万人以上が宮島を訪れる。特に満潮時には海上に浮かぶように見え、干潮時には歩いて鳥居の足元まで近づける。市杵嶋姫命の「海の女神」という神格が、海に建てられた鳥居という唯一無二の建築物として体現されている。2019年から大規模保存修理工事が行われ、2022年12月に完了した。
七福神(大黒天・恵比寿・毘沙門天・弁財天・福禄寿・寿老人・布袋)の中で唯一の女神が弁財天(市杵嶋姫命)である。七福神は室町時代頃に成立し始め、江戸時代に広く庶民の間に定着した。他の六神がすべて男性神である中で弁財天だけが女神であることは、「七福神の紅一点」として特別な注目を集めてきた。琵琶を抱えた優美な姿で描かれる弁財天は、芸能・音楽・美・弁舌・財運の守護神として芸能人・音楽家・商人から特に信仰が厚く、現代でも「弁天様に参る」という表現が生きた信仰として続いている。
1555年(弘治元年)、毛利元就が厳島の戦いで陶晴賢(すえはるかた)の大軍を破った「厳島の戦い」は、日本戦史屈指の奇策として知られる。元就は市杵嶋姫命を守護神として篤く信仰しており、この大勝利を「女神の加護」として感謝した。「桶狭間・川中島と並ぶ三大合戦のひとつ」として知られるこの戦いの舞台が厳島神社の目と鼻の先・宮島の海上であったことも、市杵嶋姫命への信仰と深く結びついている。毛利元就の宮島詣でを記した記録も残っており、戦国最大の謀将が生涯信仰し続けた女神として市杵嶋姫命の歴史的な存在感を示す。
名古屋から最もアクセスしやすい「日本三弁天」が滋賀県の竹生島(ちくぶしま)。名古屋から電車で長浜まで約1時間、長浜港からの船で約25分という日帰り圏内の聖地として、神社めぐりファンに人気。島の急峻な石段を登り切った先に都久夫須麻神社(市杵嶋姫命)・宝厳寺(弁財天)が鎮座する。「かわらけ投げ」では素焼きの小皿に名前を書き、湖上の鳥居に向かって投げ入れる縁起の行事が有名。鳥居をくぐると願いが叶うとされ、何枚も投げる参拝者も多い。秋の紅葉シーズンの竹生島は格別に美しい。

コメント