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【仏様図鑑】周利槃特(しゅりはんどく)-掃除で悟った十六羅漢、千人の分身の謎

(写真準備中)

周利槃特(十六羅漢の第十六尊者)の写真(準備中)

周利槃特(しゅりはんどく)は、お釈迦さまの弟子の中で「いちばん物覚えが悪かった」と伝わる人です。短い詩の一つも覚えられなかったのに、掃除を続けて悟りを開き、十六羅漢の一人になりました。

この記事でわかること

  • 周利槃特とはだれか。兄の摩訶槃特と「道ばたで生まれた」名前の由来
  • 「塵(ちり)を払い、垢(あか)を除く」で悟った物語と、茗荷(みょうが)の言い伝え
  • 【謎】詩を覚えられなかった弟子が、なぜ「千人の分身をつくる」第一人者になったのか

覚えるのが苦手でも、道はある。そんな勇気をくれる羅漢さまです。

01. 周利槃特の基本情報

周利槃特(しゅりはんどく)基本情報
分類 羅漢(らかん=修行をきわめたお釈迦さまの弟子)。十六羅漢の第十六尊者
読み方 しゅりはんどく。略して「槃特(はんどく)」
別名・別の書き方 周梨槃特・周利槃陀伽(しゅりはんだか)・朱利槃毒・注荼半託迦(ちゅだはんたか)など。「愚路(ぐろ)」とも呼ばれました
梵名(ぼんみょう) チューダパンタカ(Cūḍapanthaka)。パーリ語ではチューラパンタカ(Cūḷapanthaka)
名前の意味 「小さな道」「道ばたで生まれた子」。漢訳では「小路」「路辺生」
兄 摩訶槃特(まかはんどく=大きな道)。十六羅漢の第十の半託迦(はんたか)とされます
真言・種子字 決まったものは確認できませんでした
ご縁日 決まった日は確認できませんでした
💡 出典:読み・梵名・別名はコトバンク(デジタル大辞泉・日本大百科全書)とWikipedia「周利槃特」。「愚路」・名前の意味もWikipediaによる。十六羅漢の番号は『法住記』(くわしくは十六羅漢の記事へ)。

02. 周利槃特とは? ― いちばん物覚えの悪かった弟子

① 一言まとめ

周利槃特は、お経を一つも覚えられなかったのに、掃除を続けて悟りを開いたお釈迦さまの弟子です。十六羅漢の一人です。「覚えるのが苦手な人でも悟れる」ことを示した、希望の羅漢さまです。

② 由来・経典上の位置づけ

周利槃特の母は、王舎城(おうしゃじょう=インドのラージャガハ)の大金持ちの娘でした。ところが家の下男と恋に落ち、二人で町を出てしまいます。

やがて母は、実家で子を産もうと旅に出ました。けれど、その途中の道ばたで男の子が生まれます。2人目のときも、また道の途中で生まれました。そこで兄は「大きな道(摩訶槃特)」、弟は「小さな道(周利槃特)」と名づけられたと伝わります(Wikipedia)。

兄の摩訶槃特は頭がよく、先に出家して阿羅漢(あらかん)になりました。兄のすすめで弟も出家します。でも周利槃特は、4か月たっても短い詩(偈〈げ〉)を一つも覚えられませんでした(日本大百科全書。『大智度論』では3か月。諸説あり)。

見かねた兄は、弟に「家に帰れ」と言います。そこへお釈迦さまがあらわれ、一枚の布をあたえました(くわしくは07の物語で)。

のちに周利槃特は、神通力(じんずうりき)の名人として知られ、十六羅漢の第十六・注荼半託迦(ちゅだはんたか)として尊ばれました(10の謎で)。

💡 出生の話・兄に追い出されそうになった話は、Wikipedia「周利槃特」とコトバンク(ブリタニカ国際大百科事典)による。くわしい流れは、マララセケラ『パーリ固有名詞辞典』(DPPN)による。もとはパーリ語の注釈書『法句経注(ほっくきょうちゅう)』などの話です。どの経典を元にするかで、細部はちがいます。

③ 姿・持物・印相の特徴

  • 僧の姿:頭を丸め、袈裟(けさ)を着た修行僧の姿です。仏や菩薩のような冠や飾りはつけません
  • 十六羅漢の一人として描かれる:単独の像はあまり見かけません。多くは十六羅漢・五百羅漢の中の一体として表されます
  • 名前を書いた札:絵の上の「色紙形(しきしがた)」に、名前と住む場所が書かれることがあります。東京国立博物館の国宝「十六羅漢像」がその例です(文化遺産オンライン)
  • 印相・光背・台座:羅漢は人間の僧の姿なので、決まった印相(いんぞう=手の形)はありません。岩や椅子に座る姿が多いです
💡 「ほうきを持つ姿」は、掃除の話から思いうかべやすいイメージです。ただし、ほうきを持つ周利槃特の像が決まった形としてあるかは、確認できませんでした。

03. 周利槃特のご利益 ― 物忘れに悩む人・学び・コツコツ続ける力

📚 学業・物覚え
🧹 心を清める
🐢 コツコツ続ける力
🌾 福徳(福田)
  • 学業・物覚え:物覚えが悪くても悟った話から、勉強が苦手な人の励みになる羅漢さまです。ただし、周利槃特に「学業成就」を祈る決まった信仰があるかは確認できませんでした(筆者の見方です)
  • 心を清める:お釈迦さまは周利槃特に、汚れを落とすことで心の汚れ(煩悩〈ぼんのう〉)に気づかせました。掃除を「心のみがき」とする考え方につながります
  • コツコツ続ける力:周利槃特は、一つの言葉と一つの作業だけを続けて悟りました
  • 福徳:羅漢(阿羅漢)は「供養に値する人」という意味です。十六羅漢に供養すると、よい報いがあると説かれます(『法住記』)

ご利益の根拠:お釈迦さまの言葉として、パーリ語のお経『ウダーナ(自説経〈じせつきょう〉)』5.10に、周利槃特をほめる詩があります。立っていても、座っていても、横になっていても、体と心を安定させて気づきを保つ僧は、すぐれた境地を得る――という内容です。

こんな人におすすめ:テスト勉強で、覚えたことをすぐ忘れてしまう人。まわりと比べて落ちこんでいる人。大掃除の前に、気持ちを入れかえたい人。

04. 周利槃特の眷属・関連する仏様

周利槃特には、1600人の羅漢のおともがいるとされます(『法住記』)。対応づけられた日本の神様は、確認できませんでした。

摩訶槃特(まかはんどく)実の兄。頭がよく、先に悟りました。十六羅漢の第十・半託迦とされます
十六羅漢お釈迦さまに後を託された16人の聖者。周利槃特は最後の第十六です
賓頭盧(びんずる)十六羅漢の第一。神通力の羅漢で、なで仏の「おびんずるさま」です
羅睺羅(らごら)十六羅漢の第十一。お釈迦さまの実の子です
耆婆(ぎば)お釈迦さまの時代の名医ジーヴァカ。10の謎に出てくる食事に、周利槃特たちを招きました
舎利弗(しゃりほつ)智慧第一の十大弟子。「いちばん賢い弟子」と「いちばん物覚えの悪い弟子」をくらべると、教えの幅の広さがわかります(筆者の見方)
💡 十大弟子とのちがい:周利槃特は十大弟子には入りません。十大弟子と十六羅漢で重なるのは羅睺羅だけです。

05. 周利槃特に会える寺院・場所

周利槃特を単独でまつるお寺は、確認できませんでした。十六羅漢・十八羅漢・五百羅漢の中で会うのが基本です。

  • 東福寺(京都市東山区):国宝の三門の2階に、宝冠釈迦如来と十六羅漢がならびます。ふだんは非公開です。2026年は11月7日(土)〜12月6日(日)に特別公開があります。時間は9時〜16時(入場は15時30分まで)、大人1,000円・小中学生500円です(東福寺公式の特別行事ページ)。公式のお知らせページには16時30分までとの記載もあるので、行く前に確認してください
  • 東京国立博物館(東京都台東区):国宝「十六羅漢像(第十六尊者)」(平安時代・11世紀)を所蔵します。もとは滋賀県大津市の聖衆来迎寺(しょうじゅらいごうじ)に伝わった16幅の一つです。今に残る十六羅漢図で最古とされます。見どころは、絵の上の色紙形に書かれた名前と住む場所です。絹の裏から色をぬる「裏彩色(うらざいしき)」で、やわらかな肌の色が出ています(文化遺産オンライン)。展示は不定期です
  • 萬福寺(まんぷくじ。京都府宇治市):大雄宝殿(だいゆうほうでん)に十八羅漢の像がならびます。十八羅漢は十六羅漢に2人を加えたものです(くわしくは羅睺羅の記事へ)
  • 五百羅漢のお寺:川越の喜多院・目黒の五百羅漢寺など。名前の札がない像も多く、どれが周利槃特かはわからないことがほとんどです(くわしくは五百羅漢の記事へ)
💡 楼上の公開や博物館の展示は年によってちがいます。行く前に、必ず公式サイトで確かめてください。

06. 周利槃特の見分け方ガイド

✅ この特徴があれば周利槃特かも?チェックリスト

  • □ 十六羅漢の中で「第十六尊者」と書かれている
  • □ 名札に「注荼半託迦(ちゅだはんたか)」「周利槃特」とある
  • □ 住む場所が「持軸山(じじくせん)」と書かれている
  • □ 兄の「半託迦(第十尊者)」=摩訶槃特と同じ組の中にいる

まちがえやすい羅漢とのちがい

  • 兄の摩訶槃特(半託迦)とのちがい:名前がよく似ています。「注荼(ちゅだ=小さい)」がつけば弟、つかなければ兄です
  • 賓頭盧とのちがい:お堂の外に1体だけ座る羅漢は、たいてい賓頭盧です
💡 羅漢には、持物や印相・台座の決まりはありません。絵では色紙形の名札で見分けます。名札がないと、見分けるのはとても難しいです。番号や名前が書かれていない場合は「十六羅漢の一人」として拝むのがよいでしょう。

07. 周利槃特の物語 ― 「塵を払い、垢を除かん」

兄に「もう家に帰れ」と言われ、食事の招待の人数からも外された日の朝。周利槃特は、精舎(しょうじゃ=お寺)の門のところで、しょんぼり立っていました。

「わたしは、お釈迦さまの教えが好きなのに……」

そこへお釈迦さまが通りかかりました。わけを聞くと、お釈迦さまは周利槃特の手をとって中へつれて行き、一枚のきれいな布をわたします。

「この布をさわりながら、『塵を払い、垢を除く』と、くり返し唱えなさい」

周利槃特は、言われたとおりに続けました。すると、まっ白だった布が、さわっているうちに少しずつ汚れていきます。

「こんなにきれいだった布も、汚れていく。わたしの心にも、こんな汚れがついているのだ」

落とすべき本当の汚れは、心の中のむさぼり・いかり・おろかさだったのです。そう気づいたとき、周利槃特は悟りを開きました。

──そう、むずかしい詩はいりませんでした。たった一つの言葉と一枚の布が、悟りへの道になったのです。

📖 物語はコトバンク(ブリタニカ・日本大百科全書)・Wikipedia・DPPN(パーリ語の注釈書『法句経注』など)をもとに、筆者がやさしく言いかえました。話の細部は資料でちがいます。
周利槃特自身の詩とされる『テーラガーター(長老の詩)』557〜566では、布は「足をふく布」です。そして「この清らかな布に心を集中しなさい」と言われます。
日本では「お寺を掃除した」と語られることが多いです。Wikipediaは「精舎(または僧たちの履物)を払い浄めた」とし、『大智度論』の英訳では僧たちの履物をきれいにする役です。DPPNでは、唱える言葉は「ラジョーハラナン(rajoharaṇaṃ=塵を除くもの)」です。

【伝説】茗荷(みょうが)と周利槃特 ― 「茗荷を食べると物忘れする」の由来

日本には、周利槃特は自分の名前も覚えられなかったという話があります。そのお墓に生えた草が「名を荷(にな)った」ので「茗荷」と名づけられた、という説です(千葉県公式サイト)。ただし千葉県も、茗荷の名の由来は「定かとなっていません」としています。くわしくは十六羅漢の記事へ。

【もう一つの話】尼僧たちが門限に遅れた説法

悟ったあとの周利槃特には、こんな話も伝わります。尼僧(にそう)たちに教えを説く当番の日、周利槃特はいつも同じ詩しか言いませんでした。尼僧たちががっかりしているのを聞くと、周利槃特は神通力を見せ、たくさんの教えを説きました。尼僧たちは夢中になり、帰りが日没後になって町の門に入れなかったそうです。お釈迦さまは、遅くまで引きとめたことを注意したと伝わります。この話は、お坊さんの決まりをまとめた『律蔵(りつぞう)』にあります(DPPNによる)。

08. 周利槃特のまとめと関連記事

この記事でわかったこと

  • 周利槃特は、道ばたで生まれた「小さな道」という名の弟子。十六羅漢の第十六
  • 4か月で詩を一つも覚えられなかったが、一枚の布と「塵を払い、垢を除く」の言葉で悟った
  • パーリ語のお経では「心で分身をつくる」第一人者。日本では茗荷の言い伝えでも知られる

覚えられないことに落ちこんだら、周利槃特の布を思い出してみてください。

09. ゆる仏様トーク ― 周利槃特編

🍵 ゆる仏様トーク①(たとえ話)

周利槃特は、今でいえば「単語帳はぜんぜん覚えられないのに、毎日の部活の雑巾がけだけは一日も休まなかった生徒」です。そして、ある日いきなり、だれよりも深いことがわかってしまうのです。

🍵 ゆる仏様トーク②(ツッコミ)

兄に「帰れ」と言われ、お寺の門で立ちつくす弟。ふつうなら、ここで物語はおしまいです。ところが、そこへお釈迦さまご本人が来て、手を引いてくれるとは。──そう、仏様の道は、門の前で終わりかけたところから始まることもあるのです。

🍵 ゆる仏様トーク③(ひとこと)

周利槃特が、覚えられなくて悩む人に声をかけるとしたら――

「全部おぼえなくていい。一つだけ、毎日つづけてごらん。」

※経典の言葉ではなく、「一つの言葉をくり返して悟った」という伝えをもとにイメージしたセリフです。

10. 周利槃特の謎 ― なぜ「千人の分身」の第一人者になったのか

【謎】一つの詩も覚えられなかった弟子が、なぜ「心で分身をつくる」第一人者になったのか
【事実の整理】
① 周利槃特は、4か月(『大智度論』では3か月)かけても、短い詩を一つも覚えられませんでした。言葉を覚える力は、とても弱かったのです。
② 悟りのきっかけは、言葉ではなく、布が汚れていくのを「目で見る」ことでした(07の物語)。
③ パーリ語のお経『増支部(ぞうしぶ)』で、周利槃特は2つのことの第一とされます。「心で体をつくり出す人」と「心を転じることにたくみな人」です。注釈によれば、ほかの僧は分身を2〜3体しか出せません。でも周利槃特は、一度に千体まで出せたといいます(DPPN)。
④ 兄は、名医耆婆(ぎば)の食事の招待で、周利槃特だけを人数に入れませんでした。そのあと周利槃特は、布をさずかって悟ります(DPPN)。なお『大智度論』では、人数から外したのは耆婆本人とされます(諸説あり)。
⑤ 食事の席で、お釈迦さまは周利槃特が来るまで待つように言います。そのとき周利槃特は、林を自分の分身の僧でいっぱいにしていました。使いの人がたずねると、全員が「わたしが周利槃特です」と答えます。お釈迦さまは「最初に名乗った者の手をとりなさい」と言いました。手をとると、分身は消えたと伝わります(DPPN)。
⑤’ 周利槃特自身の詩とされる『テーラガーター』563にも、この場面があります。パンタカは千の自分の姿をつくり、食事の時が知らされるまで、マンゴーの林に座っていた――という内容です(英訳による)。
⑥ 注釈書によれば、周利槃特は「形あるもの」を使う瞑想(色界〈しきかい〉の禅定〈ぜんじょう〉)が得意でした。兄は「形のないもの」の瞑想が得意だったとされます。前世では、白いものを見つめる瞑想を長く続けたとも伝わります。さらに別の前世で王だったとき、しみ一つない布で汗をふき、布が汚れたのを見て無常を思ったという話もあります(DPPN)。
⑦ 仏教の伝えでは、物覚えが悪い理由は前世の行いで説明されます。昔の仏(迦葉仏〈かしょうぶつ〉)の時代に、人に詩を教えるのを惜しんだからだ、という話です(Wikipedia。伝承・諸説あり)。
【私の考察】
私は、周利槃特は「言葉の人」ではなく「かたちを心に映す人」だったのではないかと考えます。
なぜなら、周利槃特は言葉(詩)では一歩も進めませんでした(①)。ところが、目の前の一枚の布という「かたち」を見つめたとたん、悟りに届いています(②)。注釈書は「形あるものの瞑想が得意だった」「前世で白いものを見つめていた」と説明します(⑥)。これも、この性格をよく表しています。白い布、白いものを見つめる瞑想、前世の汗をふいた、しみ一つない布。「清らかな布が汚れる」ことが、何度生まれかわっても彼の入り口だったのです。仏教の伝えは物覚えの悪さを前世の罰として説明します(⑦)。でも私は、それを「力の向きのちがい」として読んでみたいのです。
そして、心に「かたち」を映す力をきわめると、どうなるでしょうか。心の中のかたちを、外につくり出すことができる――それが「心で体をつくる」神通力です(③)。言葉が苦手だった弱さの裏に、かたちを思いえがく強さがかくれていた。お経の「第一」は、その強さに名前をつけたものではないでしょうか。
もう一つおもしろいのは、④と⑤のつながりです。食事の人数に入れてもらえなかった弟子が、林じゅうをうめる「人数そのもの」になります。そして全員が、自分の名前を名乗ります。お釈迦さまが食事を待たせたのも、「一人も欠けてはいけない」という答えに見えます。外された一人を、だれも数えまちがえられない形で示した――この場面は、そう読めるのではないでしょうか。
【結論(あくまで推測)】
周利槃特は、言葉で覚える力が弱いかわりに、かたちを心に映して見つめる力が強い人だったのでしょう。その力が悟りへの道になり、きわまって「千の分身」という神通力として語られた――私はそう考えます。ただし、分身の力と物覚えの悪さを結びつけて説明した資料は、見つけられませんでした。あくまで私の考察です。あなたはどう思いますか?
💡 出典:①はコトバンク(日本大百科全書)と『大智度論』の英訳(wisdomlib)。⑤’は『テーラガーター』10.4の英訳。③〜⑥はマララセケラ『パーリ固有名詞辞典』(DPPN)「Cūḷapanthaka」による。もとは『増支部』と、パーリ語の注釈書(『法句経注』など)です。分身の数は資料でちがい、『大智度論』の英訳では1300人です(諸説あり)。

11. 周利槃特データベース早見表

項目 内容
分類 羅漢(十六羅漢の第十六尊者)
読み方 しゅりはんどく
別名 周梨槃特・周利槃陀伽・注荼半託迦・愚路
梵名 チューダパンタカ(Cūḍapanthaka)/パーリ語 チューラパンタカ
兄 摩訶槃特(第十尊者・半託迦)
得意なこと 心で体(分身)をつくり出すこと(増支部)
真言・種子字 決まったものは確認できず
ご縁日 決まった日は確認できず
主なご利益 学び・物覚えの励み、心を清める、コツコツ続ける力(筆者の見方をふくむ)
会える場所 東福寺(三門楼上)・東京国立博物館(国宝の第十六尊者)・萬福寺(十八羅漢)

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