八咫鏡(やたのかがみ)とは、天皇の位のしるしとして受けつがれる三種の神器のひとつです。「八咫の鏡」とも書きます。神話では、天岩戸にこもった天照大神を外へ呼びもどすために作られました。のちに天照大神が「この鏡を私の御魂(みたま)と思ってまつりなさい」と授けたと語られます。いまは伊勢神宮の内宮に御神体としてまつられているとされます。
八咫鏡とは?30秒でわかるまとめ
| 読み方 | やたのかがみ |
|---|---|
| 古事記での書き方 | 八尺鏡(やたかがみ) |
| 別の名前 | 真経津鏡(まふつのかがみ。日本書紀に別名として出てくる) |
| 何のこと? | 三種の神器のひとつ。ほかの2つは八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)と草薙剣(くさなぎのつるぎ) |
| 作った神 | 伊斯許理度売命(いしこりどめのみこと)。古事記では、鍛冶の天津麻羅(あまつまら)とともに作る |
| 登場する神話 | 天岩戸・天孫降臨 |
| いまどこにある? | 伊勢神宮の内宮(皇大神宮)に御神体として。皇居の賢所(かしこどころ)には、それをかたどった形代(かたしろ)があるとされる |
| 大きさ・形 | 公開されたことがなく、わかっていない(直径約46cmの円い鏡とする説がある) |
八咫鏡の意味|「八咫(やた)」とは
「咫(あた)」は、古い長さの単位です。中国の字書『説文解字(せつもんかいじ)』は、女性の手の長さ(周の尺で8寸)と説明しています。日本では、親指と中指を広げた長さとも説明されます。
「八咫」は、その8つ分。ふつうは「とても大きい」という意味にとられます。
咫を「円周の長さの単位」と考える説もあります。この場合、八咫鏡は直径約46cm(円周約147cm)の円い鏡になります。福岡県糸島市の平原(ひらばる)遺跡からは、直径46.5cmの大型内行花文鏡(ないこうかもんきょう)が出土しています。弥生時代に、このくらい大きな鏡が実際にあったことがわかります。
また『皇太神宮儀式帳(こうたいじんぐうぎしきちょう)』などは、鏡を納める器の内径を一尺六寸三分(約49cm)と記しています。ただし、本当の大きさは公開されたことがありません。
八咫鏡が登場する神話
① 天岩戸|天照大神を呼びもどした鏡
素戔嗚尊の乱暴に心を痛めた天照大神は、天岩戸(あまのいわと)にこもってしまいます。世界は真っ暗になりました。
神々は天照大神を外へ呼びもどすため、お祭りの準備をします。古事記では、伊斯許理度売命が鏡を、玉祖命(たまのおやのみこと)が八尺瓊勾玉を作りました。鏡と玉は、布刀玉命(ふとだまのみこと)が捧げ持つ榊(さかき)の枝にかけられました。
天宇受売命(あめのうずめのみこと)が踊ると、神々はどっと笑います。ふしぎに思った天照大神が岩戸を少し開けました。天宇受売命は「あなたより貴い神がいらっしゃるので、喜んでいるのです」と答えます。そこへ天児屋命(あめのこやねのみこと)と布刀玉命が鏡を差し出します。
鏡にうつる姿に気をひかれた天照大神は、もう少し外をのぞこうとしました。その手を天手力男神(あめのたぢからおのかみ)がとって、外へ引き出したと語られます。こうして世界に光がもどりました。
くわしい流れは、天岩戸の記事で紹介しています。
② 天孫降臨|「この鏡を私の御魂と思って」
天照大神の孫・邇邇芸命(ににぎのみこと)が地上へ降りるとき、鏡は勾玉・剣とともに授けられました(天孫降臨)。
古事記では、天照大神がこう告げます。「この鏡は、ひたすら私の御魂として、私を拝むのと同じように大切にまつりなさい」。日本書紀の一書にも、「この宝鏡を見ることは、私を見ることと同じと思いなさい」という言葉が出てきます。これを「宝鏡奉斎(ほうきょうほうさい)の神勅」といいます。
つまり八咫鏡は、ただの道具ではありません。天照大神そのものとしてまつられる鏡なのです。
八咫鏡はいまどこにある?宮中から伊勢へ
日本書紀によると、はじめ鏡は天皇の宮の中でまつられていました。
- 崇神天皇6年:崇神天皇は、天照大神を宮の中でまつることをおそれ多いと考えました。そこで皇女の豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)に託し、大和の笠縫邑(かさぬいのむら)でまつらせたとされます
- 垂仁天皇25年:垂仁天皇の皇女・倭姫命(やまとひめのみこと)が各地をめぐり、伊勢の国にまつりました。これが伊勢神宮の内宮(皇大神宮)のはじまりとされます
倭姫命がめぐった道すじは、倭姫命世記の現代語訳の記事で読めます。笠縫邑がどこかは、桜井市の檜原神社(ひばらじんじゃ)など諸説あります。天照大神が伊勢にしずまる前にまつられた場所は「元伊勢」とよばれます。
いま八咫鏡は、伊勢神宮の内宮に御神体としてまつられているとされます。皇居の賢所には、その形代(かたどった写し)がまつられています。どちらも一般に公開されることはありません。
宮中の神鏡がたどった火事と戦い
宮中(内侍所〈ないしどころ〉)の神鏡は、何度も危ない目にあっています。
- 960年(天徳4年):内裏の火事。このとき神鏡が3枚あることがわかったと伝わります(伊勢・日前・国懸〈くにかかす〉の神鏡とされます)
- 1005年(寛弘2年):火事で2枚が焼けたとされます
- 1040年(長暦4年):内裏の火事で、残った1枚もひどくこわれたとされます
- 1185年:壇ノ浦(だんのうら)の戦い。『平家物語』では、鏡(内侍所)は船に残り、源氏の手にもどったとされます。一方、安徳天皇とともにいったん海に沈み、源義経が勾玉とともに取りもどしたとする説明もあります(諸説あり)
ここで焼けたり沈んだりしたのは、宮中の形代のほうです。伊勢の内宮の御神体ではありません。
八咫鏡の能力は?象徴する意味
「八咫の鏡の能力」を調べる人も多いようです。けれど古事記・日本書紀には、八咫鏡が光線を出す、未来を映すといった特別な力の話は出てきません。ゲームやマンガで描かれる力は、創作と考えてよいでしょう。
神話の中での役わりは、次の2つです。
- 太陽の神を呼びもどす:天岩戸で、天照大神を外へ導くきっかけになった
- 天照大神の御魂がやどる:天孫降臨で「私の御魂」として授けられ、今も御神体としてまつられる
三種の神器が何を表すかは、時代や解釈する人によって変わります。たとえば北畠親房(きたばたけちかふさ)の『神皇正統記(じんのうしょうとうき)』では、鏡は「正直」を表すとされます。近代には「知恵」を表すと説明されることもあり、決まった答えはありません。
八咫鏡ゆかりの神社
| 神社 | 場所 | 八咫鏡とのつながり |
|---|---|---|
| 伊勢神宮 内宮(皇大神宮) | 三重県伊勢市 | 八咫鏡を御神体としてまつるとされる |
| 鏡作坐天照御魂神社 | 奈良県田原本町 | 鏡作りの神・伊斯許理度売命をまつる「鏡の聖地」 |
| 檜原神社 | 奈良県桜井市 | 笠縫邑の候補地のひとつで、「元伊勢」とよばれる |
※荒祭宮(あらまつりのみや)や熱田神宮を八咫鏡ゆかりとする説明も見かけます。しかし荒祭宮は天照大神の荒御魂(あらみたま)をまつる別宮で、熱田神宮は草薙剣をまつる神社です。
八咫鏡のよくある質問
Q. 八咫鏡と八咫の鏡はちがうもの?
同じものです。「八咫の鏡」と「の」を入れて書くこともあります。古事記では「八尺鏡」と書きます。
Q. 八咫鏡を作ったのはだれ?
古事記では伊斯許理度売命で、鍛冶の天津麻羅とともに作ったと書かれています。日本書紀の本文には作った神の名がありません。別の伝えでは石凝姥(いしこりどめ)や天糠戸(あめのぬかど)の名が出るなど、伝えが分かれます。
Q. 本物を見ることはできる?
できません。伊勢神宮の御神体も、宮中の形代も公開されません。式年遷宮で新しい社殿に移るときも、絹垣(きぬがき)という白い絹の幕でかこまれ、夜の闇の中で運ばれます。
Q. 沖津鏡や日像鏡とは関係ある?
別の鏡です。沖津鏡(おきつかがみ)は、物部氏に伝わる十種神宝(とくさのかんだから)のひとつです。日像鏡(ひがたのかがみ)は、和歌山の日前神宮(ひのくまじんぐう)にまつられる鏡として伝わります。くわしくは「日像鏡・日矛鏡とは」で紹介しています。
Q. 八咫鏡にヘブライ語が書かれているって本当?
根拠のない噂です。八咫鏡は公開されたことがなく、文字が刻まれているかどうかも確かめられません。噂がどこから来たのかは、【伝説図鑑】の「八咫鏡に『ヘブライ語』が刻まれていたという噂の正体」で解説しています。
筆者のひとこと|なぜ「鏡」が神そのものになったのか
ここからは筆者の考えです。剣や玉は、神が「持つ」宝として語られます。けれど鏡だけは、天照大神が「私の御魂」と言いました。
天岩戸の場面を思い出すと、そのわけが少し見えてきます。「あなたより貴い神がいる」と言われた天照大神が、暗やみの中で見たのは、鏡にうつった自分の光だった、と読むこともできます。太陽の神の光を、そのまま受けとめて返せる道具は、鏡しかありません。
神の姿は見えないけれど、鏡に向かえば光が返ってくる。だからこそ、鏡は「神の代わり」ではなく「神そのもの」としてまつられたのではないでしょうか。神社の本殿に鏡が置かれることが多いのも、同じ考え方につながっているのかもしれません。
まとめ|八咫鏡は天照大神の御魂をうつす鏡
- 八咫鏡(八咫の鏡)は三種の神器のひとつ。古事記では「八尺鏡」
- 天岩戸で伊斯許理度売命が作り、天照大神を呼びもどした
- 天孫降臨で「私の御魂として」授けられた
- 崇神天皇・垂仁天皇の時代に宮中から伊勢へ。いまは伊勢神宮の内宮の御神体とされる
- 記紀には特別な「能力」の話はない。役わりは、天照大神の御魂がやどる鏡
主な参考資料:古事記(天岩戸・天孫降臨)、日本書紀(神代・崇神天皇紀・垂仁天皇紀)、Wikipedia「八咫鏡」「笠縫邑」「倭姫命」

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